読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ぴょん記

こつこつ憶える

紐で結わえる

 古新聞や広告、ダイレクトメールの類いをだいたい10センチの厚さごとに麻紐で縛っていく。それを積み重ねていって、4つくらい溜まったら、新聞販売店が呉れたり、あるいは自分で買ったりした新聞整理袋に詰めて入れ口をテープで留める。紙製の新聞整理袋は、ネットスーパーで購入するのできっとふつうのスーパーの店舗にもあるにはあるのだろうが、5枚で250円ほどもする。だから、室内で乱雑に古紙を溜めていくうちに破れたとしても捨てられず、布製のクラフトテープで慎重に補修して古紙回収に出すまでつかうことになる。

 古新聞でも段ボールでも瓶と缶でも、廃棄する前段階の処理作業は、こういってはなんだけどけっこう楽しい。ヤマト運輸のポイント交換でもらった軍手をはめて、レジ袋ごみ袋、紐にクラフトテープを揃えて、最初に立てた段取り通りにごみがまとまっていくと気分がよくなる。まあ、ごくたまにだけど。

夏へのプレリュード

 9日の宵の口から降りだした雨は、一旦止みはしたが、結局、10日の夕刻まで少しずつ東京の街を湿らせていた。火曜の深夜に取り込んだ洗濯物は濡れているというわけではなく、しかし、畳みたくなるほどには十分に乾いておらず、窓際で一日中、陽の射すのを待っていた。

f:id:e_pyonpyon21:20170506161949j:plain

納品後チルアウト

 月曜の全日と火曜の午前中、机に向かっていた。よく整頓された、読むひとが気持ち悪くならない文章を書きたいと思った。納品のあとの毎度の事務仕事を済ませて、数日分のほぼ日手帳の記入を済ませたらぽっかりと時間が空いた。

 自分ひとりの昼食は、カップ焼きそばでごく簡単に済ませた。ちなみに、カップ焼きそばの湯切りをするとき、わたしはあのお湯入れの対角線上あるいは丸形のカップならば反対側にある湯切り口をつかわない。もどかしいからだ。金属製のざるで意地悪いほどきつくお湯を切って、小さなキャベツと思しき乾燥野菜のいじましくもどったものの一片すら見逃すことなくもとのカップに戻す。

 カップとざると箸を洗ってそれぞれ始末したあと、おもむろに粉を捏ねはじめた。

 観ていたのは、NHK総合の『4号警備』という、民間警備会社による身辺警護サービスに携わる警備員らと顧客とのあれこれのドラマである。夫役の俳優が、彼の仕掛けるDVとモラルハラスメントの被害者である妻役の女優さんの頭上からとぽとぽと赤ワインを掛ける場面があるのだけど、本来ならばそこで気づいていたはずだった。受け身の演技にしてもただワインを浴びていれば済むという役回りではない。しかし、作業終了直後で目が疲れていたので、麻生祐未さんにしては少しお若いかもとぼんやり考えていたのだった。

 これは、『京都人の密かな愉しみ 夏』から。ところで、このシリーズはこれまで4本制作されてきたけれど、次ので完結だという。

www.nhk.or.jp

 

f:id:e_pyonpyon21:20170509193358j:plain

 パンは、欧風の店にしばしばあるようながっしりした仕上がり。

あんぱんを調製した

 強力粉とドライイースト、砂糖、塩、サラダ油、水をかなり堅めに捏ねて生地を作った。それを4つに分けて井村屋の粒あんを包んで丸め、水で薄めた全卵を塗っててっぺんに黒胡麻を散らした。170℃のオーブンで20分ほど焼いたら、皮がさくさくしたあんぱんになった。

お父さんとお母さんと

 朝のうちに映画を観てきた。きょう封切の『追憶』。しっかりした紐帯を確認しあった幼い仲間がある事件をきっかけに離ればなれになり、そして再会したときまた何かが起こる、という話の筋は、天童荒太永遠の仔』に通じるものがあるが、この映画では、成長したかつての少年である小栗旬柄本佑は、過去に怯える大人ではなく戦うお父さんである。もうひとりの岡田准一も順調にいけばそうなっていたであろう。親や家庭から放擲された幼い男の子たちが、長じてのちに自分の大切なものを懸命に守ろうとする。その姿は美しい。だが、それにも増して、安藤サクラの示す母性は圧倒的なものだ。永遠の微笑みを浮かべる彼女の前に、少年に戻った彼らは声もなく頽れるのだった。

f:id:e_pyonpyon21:20170421181258j:plain