ぴょん記

こつこつ憶える

晩夏のはじめ

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 西洋種の朝顔が賑やかに咲きそろう朝をいくつか迎えたあと、大輪の和種がぼつぼつと花開くようになる。台風が日本海側に抜けた翌朝の大風の中で、二つの大きな朝顔がふわりふわりと舞っていた。

 

 月曜日は、午前中に大学病院で検査と診察。帯状疱疹は別の病院に駆け込み診療してもらったので、処方された薬と、それから目下の症状を確認していただく。きっといまいちばん色味が派手な時期なのだろう、お仕事柄とはいえ、美しくないものをごらんにいれてしまった。

 

 会計を終えて、晴れて暑かったけれども、思えばここ数週間ほど、背中や足が痛くて、それは、帯状疱疹の出始めた背中をかばうためにへんな姿勢で動いていたこともあるのだろうけど、ともかくあまり外に出ていなかったから、「世間」というものが妙になつかしい。学バスを御茶ノ水で降りて、小川町や神田錦町をしばらくぶらぶらした。

 

 体に針を刺して筋肉の状態を診る筋電図採りや、キシロカインの入ったゼリーをのどに入れて上を向いてしばらく待つ胃カメラMRIや、造影剤をいれたCT、そして下剤であるところのにがりのみ。検査及び治療等、毎日受け続けていた昨年の夏は、筋肉量が落ちて、思考力も衰えていたから(こればっかり)、そういう検査等の連続をくるしいとかつらいとかほとんど思わなかった。全身検索というのはたいへんなものだなあと他人事のように感じた。そのときの自分自身の感情としては、積極的に体を治して元気になろうというものよりは、目の前の施術者をなるべく困らせないようにそれなりにきちんと検査等を受けようと心がけていたことのほうがだんぜん強い。

 

 空調によって25℃程度に快適に冷やされた病室で夏空を眺めながら、呆けたようにうとうとしていた真昼の時間は、それでも、なんとはのう、やはり物憂い時間ではあった。

 

 というようなことを、深煎りのホットコーヒーを夜風に吹かれながら啜って思い出していた。