ぴょん記

こつこつ憶える

鴇色の彼女

※ 現在、Twitter 及び はてなブログでの更新報告を停止しています。

 

 ふだんは、病院で見聞きした具体的なことは書かないのだけど。

 

 ベッドに横たわり、あと数回の予定の夜の点滴(来週から、この薬剤が経口投与になればほんとうに体の負担が軽くなる。)を受けながらうつらうつらしていると、頭の上から鈴を振るような声がした。見上げると、ちょっとした知り合いの女性で、一種の報告めいたことを義理堅くも済ませにきてくれたのだった。

 

 聞けば、その困りごとはうまく片付いたようで、へえよかったねえと私も少し嬉しくなり、話が終わったら、そしたらまたねえと、こちらはまた寝たままお別れした。さらっと。連絡先など取り交わしはしない。

 

 以前は、同窓の友だちと会って食事をして、さて別れてというときが寂しくてたまらなかった。それが、だんだん会うのが間遠になり、連絡が絶え、あきらめた。客観的には、見捨てられたということだろう。そして、主観的には、再会すれば、きっと少々つらくはなる。

 

 Twitter でもメモしたことだけど、「袖振り合うも多生の縁」とはいう。だからこそ、今生では、それほど手厚くしなくてもいいのかもしれない。そんな考え方もいまのように時間が区切られたときには、あるいは許されるのかも。