ぴょん記

こつこつ憶える

滾る、怒り

 きょうは、某作業を中断したいため、2つめのエントリを書く。

 

 自分の感情を表現する際に、「むかつく」「いらっとする」というふたつは、極力用いないようにしている。理由は、ごく個人的なもので、たとえば若い頃、『あ、いま、ほんとはむかついているでしょう?』と、ご親切なかたに指摘された時点では、じつは、もうむかつくなんてものじゃなく、とっくの沸点超えで内心はげしく憤っているのが常、という物騒な物体であったからだ。その後、たとえ怒ったとしても金やその他の利益はたいして増えないことが経験上掴めてきたので、少なくとも見かけ上は、おとなしくはなった。同様に、「いらっとする」も、そんな微弱な不快は自ら知覚することなく、ストレートに大いなる苦痛をおぼえるたちなので、ついぞ遣うことはなかった。

 

 昨夕、「厠の臭気が耐えがたいなどとして、夫の身体に包丁の刃を立てた」29歳会社員の女性が殺人未遂容疑で逮捕されたとのニュースがテレビで流れた。人間の知覚で、いのちの始めから終わりまで生きているのは聴覚というけれど、人間の感情を支配する力では、嗅覚もなかなかのものだ。容疑者を狂わせた臭気のもとが何なのかは詳しくはしらないが、怒りを増幅させて、夫婦間の諍いに包丁を持ち出し、しかも実際に切りつけるまでに至らせるには、相応な事情があるのではなかろうか。

 

 ところで、「むかつく」「いらっとする」の代わりに、わたしはしばしば、「憎しみが募る」「怒りが燃え上がる」などということがある。洗面台をきれいに使わない、夜に露台に出てガラス戸を閉めたあとカーテンを引かない、など、家人のちいさなちいさな生活上のミスについてはふだんはなにもコメントしないのだが(わたしも他の面でひどいものだからね。)、百回に一回くらい、「脱衣所の足ふきマットが踊った状態で放置されていると、瞬間的に悪の意思に支配されてしまう。」などと、もはや意味不明のことを口走るはめになる。

 

 そういうふうに恫喝されるより、こまめにちくちくやられたほうがらくだとは思うけれど、それも厭なんだよね(わたしも((どちらも))厭だ。)。