ぴょん記

こつこつ憶える

パートタイムボランティア、ときどきチャリティ

 先週のNHK特報首都圏で、生活困窮者自立支援法の施行に伴い、それまでNPO法人経由で受けられていた食糧の現物支援が受けられなくなった困窮者のかたの例が紹介されていた。同様の報道をNHKで見るのはたしか2度目だ。というより、以前に見掛けたのと同じかたのケースだった。

 

 自立支援法が施行されたというのに、食糧支援が受けられなくなった、と。それはなぜか。

 

 これは、自立支援法施行前にNPO法人からフードエイドとして食糧(といってもそれほど多いものではない。)を受け取っていた人であっても、法施行後、居住する自治体の選択によっては、同じ法人からの支援を受けられなくなったためである。自治体には、その支援メニューに食糧支援を含めるか含めないかを選択することが可能で、支援メニューに食糧支援を含めない場合には、NPO法人へはその自治体住民である困窮者への食糧支援に係る補助金は支給されない。ゆえに、そうした困窮者への食糧支援が滞る、あるいは、打ち切られることになる。

 

 現金収入が殆どなく、それなのに生活保護の申請にも遠慮がちなこの困窮者のかたにとって、けっして多くはなくてもこのNPO法人から届けられる食糧の入った箱は、いのちを繋ぐために大切なものであったはずなのに。

 

 このところの長患いで、自分自身、無理のきかない身体の状態が続いているわたしには、こうした報道に触れるたび、とても他人ごととは思えない。そして、「こどもの貧困」関連で、経済的家庭的理由で食事を欠きがちなこどもやその家族に、定期的に夕食をサービスする篤志家のかたのサークルがこの近所にもあるときくにつけ、陰ながらなにかできたらとも考える。

 

 こういう活動に加えていただくとしたら、その活動の趣旨をよく理解し、組織の成員や利用者とも良好な関係を築いていく姿勢は、最低限、求められてしかるべきだろう。それは、わかる。しかし、目下、わたしは、外に出て、自宅と片道300メートルの距離にある特定郵便局との間を往復するだけで、日によってはぐったりとしてしまうので、基本中の基本である、約束した日時に役務の提供を行うということが果たせそうにない。

 

 では、労働力の提供が難しいならカンパはどうだ。こちらは、自宅にいながらのネットバンキングで送金作業自体は簡単だが、一回二回のことならともかく、毎月きまった額をたとえば数年間送り続けることは、それほど簡単ではない。また長期の入院を余儀なくされるようなことがあったら(この2年間に3回、長期入院をしている。)、カンパできない月もあるかもしれない。

 

 たとえば、体調のよいとき、2時間だけ給食室の皿洗いに参加して、財布に余裕のあるときに5000円カンパして、というのは、ボランティアやチャリティを受けとる側としては、あまりに負担が大きい形態だろうが、なにか1枚2枚、滑車を挟むことによってうまいことできないものだろうか。