ぴょん記

こつこつ憶える

夏がやってきた

 今年は、5月からすでに暑かったのだけど、西の玄関のドアを開いて東の掃き出し窓との間に風を通すことで、なんとか自室の冷房機を稼働させることなく遣り過ごしてきた。

 

 それが、昨日の早朝、どうにも寝苦しくなって、朝早くに「降参」。冷房機を動かす。小さな冷房機、リビングの大きいほうの冷房機ほどではないにしても、健気にはたらいて、たちまち空気を冷やす。

 

 極端に涼しくするのも問題だけど、いまのわたしの体調は、少し無理をすると何がどうなるか、つまり、身体の不健康さ具合を示す指標である各種の検査結果がどの方向に傾くか、しれたものではない不安定さなので、暑いのも寒いのも辛抱がすぎるのは結局不経済ということになる。

 

 昨年の夏、帯状疱疹に罹りながらも、なんとか元気で秋口を迎えて初冬から年越しまで家で過ごそうと思っていたけれど、数値が悪くなりすぎて、秋をまるまる病院で見送ることになった。患っている病気のうち、主な病気ふたつが悪化していると、集中して治療する必要が生じ、その間は免疫力を人為的に抑えるために病院に留まらねばならない、らしい。無理に帰宅すればたちまちいろんなものに感染して困ったことになる、らしいが、この入院では、無理をいって早めに帰宅するようお取りはからいいただいた。さいわい、「困ったこと」は、発生しなかった。

 

 それにもかかわらず、たくさんのことを諦めて、これだけ外に出ない生活を送っていても、結局は体調が悪化して、また長期の入院を余儀なくされるのではないかという恐れがつねにそばにある。完治ということはなく、寛解と再燃とのあいだを行きつ戻りつしながら余生を送ることになるとあらかじめ告げられているわけだから、悪い方向に体調が転がってもうろたえずに按配するべきなのだろう。

 

 あたまでは分かっているけど。