ぴょん記

こつこつ憶える

洗って乾かす

 梅雨明け十日の晴天をしのぎ、八月に入ったけれども、関東地方は、今月前半も、相変わらずの猛暑続きという予報。この住まいのある地域は、東京湾の奥に位置し、夕立をもたらす雲も南風に煽られて滅多に雨を降らすことはない。

 

 かーわーくー、とはいえない植物と、えーさー、ともいえないめだかのために、朝4時半ころ、起きて散水と給餌。このところ日の出が遅くなったので、薄暗い中での作業となる。

 

 土日は、各1食ずつ、お弁当を買ってきてもらったり届けていただいたりして、火に近づくことを避けた。とはいえ、土曜の深夜に、とろろ蕎麦を茹でて、大根おろし、納豆、葱、切り胡麻、キムチ、摘果みかんを散らした夜食など拵えているので、あいかわらず台所べったり。日曜日の夜に調製したポテトサラダくらいなら、火を使う時間も10分間前後だから、息も絶え絶えという具合にはならないし。なにしろ、とんでんファームのハムをいただいたので、これはなにをおいてもポテトサラダ作らざるはなし、だった。

 

 そういった最小限の煮炊きのほかは、短期入院の影響もあって、ぐうぐう寝続けていた。気がついたら、歴史スペクタルドラマ『奇皇后』は、最終回の第51回の放送日を迎えており、1368年の朱元璋大都入城で締めくくられていた。

 

 1300年代の後半、日本はいったいどういう状態だったかというと、室町幕府の第3代将軍足利義満の在職期間が1368年から1394年で、北山文化が花開いたころとされている。わが国の文化の種が芽吹き、根を張った大切な時期ではあるものの、たとえば大河ドラマの舞台として、たくさん視聴率を稼ぐには難しい時代だ。

 

 なぜか、戦国時代から安土桃山時代が愛される。

 

 さて。『奇皇后』は、高麗から元の皇室に送られて、後宮の一番上までのぼりつめた奇氏をハ・ジォンが好演したドラマだったが、いかんせん長尺で、日本の一般的な大河ドラマの1.3倍くらいの分量があるのではないか。細部をあえて省略しないのが韓国の歴史ドラマの持ち味なのかもしれないが、もう少し短くてもよいと思う。

 

 そういうことを考えるでもなく、今朝は、夏掛けを入れた洗濯機を回しながら、台所のレンジフードをきれいにした。重曹でスプレーしてきれいにしたあとクエン酸で中和すればいいのにねえと思いながら、蛙のマークのフロッシュの薄めたので拭き上げて、油汚れのきついフィルタは酸素系漂白剤でつけ置き洗いをした。こういうときにたまに駆り出される野田琺瑯の盥で、じゃぼじゃぼ機嫌よく洗い上げて、あとは盛夏の高温に乾かしてもらおう。

 

 そして、わたしは、机のそばで息を潜めて夏が過ぎ去るのを待つ。