ぴょん記

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  以下は、約2か月前のはてなブックマークで、コメントを残したエントリについての備忘。

国立大文系学部の学生定員は、「半分ぐらいなら残してもいい」とか言われたという噂 - 日比嘉高研究室

人文科学分野の研究者さんが安心して研究と教育ができる環境を整えておかないと、早晩、おそろしくすさんだ国になってしまうだろう。外書講読や論文作成の技術は、一朝一夕には身につかないものらしい。

2015/06/15 10:14

 

 コメント内で、わたしは、「人文科学分野」と書いているが、なにもそこに限定される話ではないらしい。社会科学分野、たとえば、法律学の研究者に関しても、「国立大学文系学部」の学生定員が縮減されることによって、教員のポストが減らされ、その結果、常雇い的地位を得られる人数が少なくなることが当然に予想される。

 

 大学の一般教養課程における外国語の授業は、たのしいものだった。英語は、高校の長文読解をさらに掘り下げて横に捻ったような文献を読み進むし、フランス語とドイツ語の両方を文法の最初歩から教えていただけた。いくつかの大学で非常勤を掛け持ちしている先生も専任の教授も、自身の専門分野で研究者として論文を発表しながら、語学の授業を受け持たれていた。

 

 専門課程に進むと、今度は、選択科目ながら、外書講読の授業が始まった。この種の授業では、専門分野の担当教員が外国語の文献を使って、外国語の専門用語を含めた学術知識を学生に伝授する。とはいっても、足かけやっと3年目に突入したばかりのフランス語はおぼつかないかぎりの代物で、ふつうの仏和辞典と専門の事典を繰りながら、あやしげな日本語で訳文をこしらえていた。

 

 それでもいいのだとある先生はおっしゃった。辞書を使えばなんとか読み解けるという自信をもてるところまで連れて行くのがこの授業の目標、あとは自分で努力していくこと、と。

 

 現在の大学には、そのような悠長な授業をしている余裕はない?必要なのは、即戦力?(続く、かも。)