ぴょん記

こつこつ憶える

賠償の範囲

 昨夜は、「護郷隊」の隊員として、「志願」して沖縄戦で戦った「少年」兵たちのドキュメンタリーをみた。生き残りのおじいさんたちは、現在、80歳代も後半に差し掛かっているのだけど、途中から時空を超えて、ただいま戦闘が行われていない地帯に住む、やまとんちゅうの大人として、アニメーションの中のいたいけな少年たちに対して慚愧の念に堪えなかった。満蒙開拓青少年義勇兵の話も悲惨だったけど、国内でもこんなひどいことが行われていた。きっと再放送があると思うので、ぜひ観て下さい。

 

www6.nhk.or.jp

 

 さて。今年は、敗戦70年ということで、終戦秘話めいたエピソードの紹介や、ご高齢に至った当事者ご本人の証言などたくさんの特集が各メディアで組まれている。昭和50年代に当時の厚生省を中心にして、「放射線障害のない被爆者」を中間として、「放射線障害のある被爆者」、「原爆ではない爆弾等による被災者」のそれぞれに対する救済・補償を国としてどのようにデザインするかを問う一種の懇話会が設けられたという話をNHKの番組で観た。

 

 結論からいうと、この3つのグループのうち、「放射線障害のある被爆者」は、救済の対象とされて、原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(平成6年法律117号)等の法令で手当てされる。中間の「放射線障害のない被爆者」については、「ない」の解釈をめぐってもまさにグレーゾーン含みなので、のちに譲る。次なる問題は、原子爆弾投下によってではない、空襲によって、生命身体を危険にさらし、財産を失った(ものすごく大勢の)被災者への補償を行わないこととした判断の是非である。

 

 このグループに対して補償を行わないという判断が行われた最大の理由は、もちろん財政面の事情。国内の主要都市のほぼすべてに対して行われた空襲で失われた生命や財産について十分な補償を行おうとすれば、それこそ補償の総額は、天文学的な数字に至るであろう。それをいちどきに支払おうとすれば、国家財政の破綻というレベルの話にとどまらない。そして、敗戦後長い時間が過ぎて資料も散逸している中で、ほぼ正確なデュー・ディリジェンスが可能なのかという別の問題もある。

 

 交通事故で失われた生命は、お金では戻ってこないけれども、その損害賠償額は、ときとして死亡慰謝料込みでひとりあたり何千万円にものぼることがある。公共事業のために立ち退きを迫られた一般家屋の持ち主にも、損失補償として、やはり相当額の公費が支払われる。しかし、それを戦時被災者らに対して行った場合、国のポケットがいかに深くみえるとしても、たちまち財源が底をつくのは、自明の理だ。だから、懇話会の判断は、政策的にはひとつのあり得る選択であった。

 

 だが、ほんとうにそれでよかったのだろうか、戦争で多くを失った者に対して、失ったものがより少ない者がなにかできることはないのだろうかという意味のことを81歳の田原総一朗が述べていた。