ぴょん記

こつこつ憶える

おもにコーヒーの話

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 7月の下旬に入って以来、ほぼ毎日、暑い日が続いている。朝食の仕度のため、朝日がどんどん差し込む東側の台所に立つのが苦になって、少しでもその時間を短縮するために、卵はオムレツではなく茹で卵にして、煎茶はペットボトルのお茶で代用するようにした。なにせ、膝から下の皮膚から汗がしみ出す異常事態である。

 

 そんな状態でも、起き抜けにメジャーカップ3杯分のコーヒーを淹れることだけはなんとか続けている。春の半ばごろ思い立ってイノダコーヒの通信販売ページにアクセスし、それから何回か定期的に注文を出しては、赤の袋、緑の袋、茶の袋を順番で缶に移しては消費している。いまだに、薬の加減で心臓の動きが活発になりすぎることがときどき起こるので、大事をとってコーヒーも摂りすぎないようにはしているが。家人はともかく、わたしには、イノダコーヒは贅沢すぎやしないかとも思いつつ、もうアルコールを口にすることもないのだからこれくらいは許されるのではないかとも考える。

 

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 うちのドリップの加減はかなり大まかで、野田琺瑯のポトルで沸かしたお湯を粉の上に元気に落としていって420ccを僅か2分程度で淹れてしまう。きっと注ぎ口の細くなっている専用の湯沸かしでお湯を繊細な感じで落としていったら、また異なる味わいのコーヒーになるんだろうなと毎朝ちらりと考えつつ、新しい湯沸かしを台所に置くということはスペースが限られているという事情から、何かを処分することに直結するのでなかなか難しいと即座に断念したり。大なり小なり、わたしの周りの物事はその繰り返しである。試行までいかない。思考して、多くは、その段階で諦めて引き返す。而して、人生は終盤に差し掛かる。

 

野田琺瑯 ケトル ポトル?黄色