ぴょん記

こつこつ憶える

殴るかそれとも抱き合うか

  数日前にEvernoteにクリップしておいた記事。えいごのべんきょうのために、このしんぶんのうぇぶばんは購読しているけど、この手のページまでは、手が出んわいな。

 

ニューヨーク・タイムズの人生相談:朝日新聞デジタル

夫の死に悔やみをいってくれなかった友人が娘の結婚式のケーキを作ってくれと依頼してきた。罰を与えるか、それとも和解の機会と捉えるか。

2015/08/25 08:15

 

 そもそもこの相談者の怒りなり悲しみなりが、ケーキの調製を依頼してきた「友人」に伝わっていたのかどうか。回答者は、友人の親しい人の死について、なんとことばを掛けたらいいかわからずに無反応を通してしまう人もいるとのスタンスで、「友人」が、相談者の夫の死に悔やみを言わなかった理由については謎のまま。「だんなさまのことは残念だったわ。」の一言もなく、「うちの上の娘のウェディングケーキをお願いしたいんだけど!」と切り出したのなら、友人扱いであろうと業者扱いであろうとひどいと思うけど。ところで、このケーキの依頼って、有償なのか無償なのか。

 

 過去にはっきりと対立があったとか、「友人」が故意にひどいことをしでかしていたりとか、そういうケースのほうが、「罰か、和解か。」を選択させるうえでわかりやすいのでは。

 

 「ひどい!ひどい!」とこちらを非難して*1、その後の交際が絶えてしまった相手から、しばらくして元気にしていますかと連絡がくることがある。絶縁のその当座は、その相手にとってのわたしは、さだめし、「ひどい!ひどい!」の非難に値する醜悪さを体現していたことだろう。いっぽう、わたしのほうはといえば、ひところは仲のよい関係を続けていた相手だもの、誰に聞かれても、仲違いの理由や相手への苦情を口にしないように心掛ける。そして、お互いの上に、幾らかの時間が過ぎる。

 

 でも、だからといってなにがあっても傷つかないわけではないもの。

 

 泣いたり眠れなくなったり、そういうことはなくても、友だちだった人との諍いや別れは心の底に沈み込んでいつまでも消えることはない。

 

 わたしは、罰しないし、和解もしない。ただ、記憶するだけだ。

 

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 神保町の丸香さんで。

 

*1:非難される理由については、絶縁の前に説明して、誤解があれば解こうと努め、謝罪すべきはお詫びします。