ぴょん記

こつこつ憶える

アジールがあればいいのに 2012/07/15

 判断停止するのも、ときにはよし。


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(ドイツ語) 発音・あじゅーる/あじーる(スイスで)

世俗の世界から遮断された不可侵の聖なる場所、平和領域。自然の中の森・山・巨樹や、奴隷・犯罪者などが庇護される自治都市・教会堂・駆込寺など。
広辞苑


(亡命者・浮浪者などの)収容施設、避難所。
(アクセス独和辞典)


1 (困窮者・浮浪者などの)収容(保護)施設。
2 …(外国の政治犯・亡命者などに与えられる)庇護、保護。
(独和大辞典)

 

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 庇護する対象が、奴隷、犯罪者、困窮者、浮浪者、政治犯、亡命者と多様だけど、ここで、わたしが考えているのは、「困っている児童生徒のための一時避難所」のような場所で、既存の児童相談所とは似て非なるところ。


 ごく一般論として、小中高に通う児童生徒が、なにかの理由でこのまま学校に通うのはつらいなあと感じて、保護者に、理由を告げることなしに、ただ学校をしばらく休みたいと申し出たとする。そうすると、大抵の保護者は、自分の保護する子女は病気や怪我でもないかぎり、元気で学校に通うものだと考えているので、ああ休みなさいとは言わず、理由を聞くことになる。きわめてしばしば、根掘り葉掘り。


 学校のクラスの中に居場所がない、居場所はあるけど被虐の指定席だ、クラスはともかく部活の先輩が無茶ばかり命じる、特定の教諭の言動に強い抵抗感を覚える、どうにも勉強についていけず身も心もくたくたであるなど、学校に行きたくない児童生徒の抱えている理由はさまざまで、しかもふたつみっつ組み合わさっていることも少なくない。また、朝夕接している家族にはわからなくても、お医者さんに何回か通えば、学校で起きたことが理由で、ある種の精神疾患に罹っていると判明するケースもあるだろう。


 保護者は、一生懸命、児童生徒の抱えている問題を解きほぐして、どうにか学校へ通える方向へ導こうとするだろう。でも、その学校がその子にとって絶対的「敵地」で、しかも、平日の昼間を自宅で過ごすことが禁じられてしまったら、いったいどうしたらいいの。


 クラスでいくら孤独であっても、放課後の部活や、校外のクラブ活動、アルバイト先などで、自分の居場所を確保できる子は幸いだが、では、そうでない子は?学校はつらい、かといって気遣わしげに自分の背中を眺めている親のいる自宅へは平日の昼は帰れない、自分にはなにか落ち度があって、だから、こんなつらい目に遭うと思いながら、教科の勉強なんてするのもきついじゃないか。


 大々的でなくてもいいから、たとえば身近な宗教者が、自分の管理する寺域や神域を礼儀正しく訪問してきた児童生徒を、保護者にその身柄を保護していることを伝えた上で、数日間、昼間だけでいいから留め置くことがあってもいい。お坊さんや神職さんなどは、ところによってはいつも多忙で、またその女性の家族の負担が増えるだけかもしれない。そういうときは、檀家や氏子のおうちに、経験豊かなおおきい大人の皆さんがおおぜいおいでであるだろうから、ぐったりした児童生徒が学校の喧噪を離れて、親御さんへの説明からも解放されて、頭を空にして過ごすのを黙って見守ることもできるかもしれない。


 これは、なにも、宗教施設でなくても、訓練を受けたボランティアの補助を受けたプロフェッショナルの主導で、学校や教育委員会から独立して提供できるサービスであって、お寺や神社を引き合いに出したのは、物的人的なインフラストラクチャが既に存在しているからである。もっとも、この費用を行政から補助されるとなると、なにかと煩瑣なこともあるが。ただ、お金はぜったいかかる。善意の手弁当だけでは、長続きはしない。


 大切なのは、学校に行かないことに罪悪感や劣等感をもたずに過ごせる平明な時間だ。それから、ぐったりと疲れた頭を休められる場所だ。


 まあ、なににせよ、ところによっては、学校というのは、管理側の人的体制の点で本当に危険な場所であるようなので、絶望してはかなくなる前に自分の身体を保護するために飛び込めるドアをいろいろ用意してあげられたらいいねというのを、鳥羽院と美福門院との間に生まれた皇女である、八条院の御殿を思い出しながら考えたことであるよ。


 むかし、勉強のできる不登校の生徒さんを午前中から預かって、個別指導で学習をみるというのをしばらくしたけど、講師の立場でなんだけど、あれはなかなかハイコストで、どこのおうちでも可能なわけではないからのう。

 

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