ぴょん記

こつこつ憶える

それぞれの「進路」

 

 牛に見立てたティーンエイジャーではなく、いっそこれがコッペパンや鮨のしゃりだったらどうなんだろう。挟まれるものや載せられるもので値段は変わる可能性はあるが、調理パンや鮨であることに違いはない。人間は、建前においてはおよそ平等かつ均質であり、基本のパンや鮨に似た素地に、個性という名の色づけが施されているということになっているので、食肉にされたり遊園地の展示動物にされたり体液の一種である乳を提供する家畜にされたりする牛*1に擬せられることに違和感を覚えるのだろう。

 

 「わたしを離さないで」では、施設を出たあとの「生徒」の未来というか末路は、多少の時間差こそあれ、結局は同じだ。牛の学校と異なり、それぞれの「努力」とそこから導き出される「成果」に、その未来は左右されない。ふつうの人間並みに愛を育もうが芸術を理解しようが、定められた途を外れることは許されない。絶望。咆吼。

 

 CMの中で食肉にされると言い渡された少年の動揺ぶりに、思わずあの文学作品と映画を思い出しましたもので。

 

 

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 これ、おいしいです。カルディで売っています。

 

*1:とはいえ、ウシにだって品種によって向き不向きがあるでしょうに。