ぴょん記

こつこつ憶える

まるで小説の登場人物のような

 約束を破ることは、つまり、将来に向かって自分がすると言明した行為をしないことであるから、嘘を吐くことである。もとより自分は嘘吐きや口が軽いやつと云われたくはないけれど、さて、嘘吐きと口が軽いのと、身近にいる人間としては、どちらがよりましかと考えたとき、安心感からすると嘘吐きのほうだ。口が軽いのには、うっかり大切なことを漏らしたり、大事な書類を読ませてしまったのではないかと絶えず心配しなければならないけれど、嘘吐きは破綻しがちな出任せを次々と繰り出すだけなのでそれほど警戒しなくてもよい。

 

 その嘘吐きのうち、約束をよく破るタイプの女性について、懐かしく思い出すことがある。何日の何時に会いましょう、とか、何日に着くように書類を送ります、という約束を彼女はよくわたしに対してした。その9割8分は、守られなかった。ふしぎな頼みごともされた。食料を送って下さい、というのだ。隣町に住んでいる彼女に、わたしは、いわれた通りの食料を送った。それから、頻繁に、たとえば平日の夕方の5時に、今夜7時からお茶をのみに出てこられないかという誘いがあった。それは、丁重にお断りした。なんと驚いたことに、その「お断り」と、彼女が約束を破ることが、どうやら彼女の中では等価であることが、そのことばの端々から窺えた。当日に「軽い気持ちで」誘ったにせよ、かりにも友だちの誘いを断ることは、約束を破るに等しい程度の非礼にあたるらしい。そういう文化もあり得る、かもしれない。

 

 わたしは、どうにも彼女をいとしく感じてしまう回路が自分の中に形成されてしまっていて、それは、年下の同性と親しくなるとしばしばわたしの心の中に生えてくる余計な器官のようなもので、自分のものの見方を大きく歪ませる。そこで、なんとかそれを枯れさせるために、いつものように、彼女との往来を少なくした。そして、彼女との連絡は絶えたが、だからこそ、彼女を懐かしく思う気持ちは消えてはなくならない。