ぴょん記

こつこつ憶える

ぽっかりほぼ満月が

 6時過ぎに朝刊を取ろうと玄関を開けたら、西の空に明るい月が浮かんでいた。わたしはもう年をとりすぎて、Twitterやブログ、とにかくネットにおいてつよいことばを遣うことをしなくなって久しい。つよいことばは、便利ではあるが、その代わり、あとで高くつくことが多い。未熟さを補って余りある清新さとか、自分の不始末を拭って回る体力とか、そういうものがもはや見当たらない年頃になると、言動を控えめにして、身の丈に合った明け暮れを心掛けるよりほかなくなる。すでに10年くらい前、ある人がわたしのブログかミクシィかなにかの一連のエントリをとりあげて、きついという愚痴もだれかの悪口も一切書かないおりこうさんぶったもの、と皮肉をいったことがある。愚痴をいってもはじまらないし、まして悪口は後味がよろしくないしで、誰がみるかどこまでいつまで流れ続けるかわからないネットではとくに書かなかったのだが、自分の弱みや他者への嫌悪を開示して共有することで繋がる人間のこころというものもたしかにこの世にはあるので、その人にとっては、おそらくわたしはちっとも心を披かない鼻持ちならない者にみえたにちがいない。わたしは、ただ、ほかの人のわるいところもいいところもひっくるめて、いったいその人がどういう生き物としてのかたちをとっているのかを掴むのがとにかく時間がかかって、腐したり褒めたりする前に、ご縁が絶えるというかほっぽり出されてしまうだけなんですけどね。やれやれ。ともかく少なくともリアルタイムで噛みつかれることはない文字の世界でしばらくはこつこつ稼ぐとするさ。