ぴょん記

こつこつ憶える

甘いくらいがよいのでは

 文系コースの高校生が学校で習うくらいの数学の内容が「発見」されていたころには、まだまだ奴隷狩りだの大虐殺だの頻繁に起こっていたことは存じておりますが。でも、重力波が観測されただの、そういうのを調べるためにうっすい鏡をたくさん重ねた衛星を飛ばすだの、かしこいわざを繰り出すようになった人類が、いっぽうで病院を爆撃したりいまさら大陸間弾道ミサイルに核弾頭をのせようとしたり、怒ったらいいのか残念がればいいのか。こういう問題には、それぞれが瞬間の判断で反応するようにみえて、じつはその人間の物心ついて以来現在までの歩みかたや遇されてきた空気が顕れます。とはいえ、たびたびつらい目に遭ってきたからといって冷たい意見を述べるひとばかりがいるわけではありません。なかには苦労が身について、自分が味わったのと同じ痛みをできれば他のひとには与えたくないという立派なかたもいます。また、残念ながら、その対極にあるひとも。/きのう、10年くらい読ませてもらっているブログの人が、転載先で記述した内容のみならず人格的非難まで寄せられていて難渋しているというのを知った。パスティーシュとかスラップスティックとか、いろんな表現技法がゆるされたほうが読み手としては豊かな気分になるし、いわゆるハイ・プロフィールな論説だけを読みたければ、(それが存在するとして)クォリティ・ペーパーの社説でも読んでいればいいと思うし、で、まあ、書き手の心をあまり萎縮させんでおいてくださいよ。

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