ぴょん記

こつこつ憶える

与えられた気温に慣れる

 以前に読んだ文章で、ある女性が初老のころを過ぎた母親に現在の暮らしは寂しくないのか問う場面があった。母親はわりあい切迫した娘の質問に穏やかに答える。曰く、寂しくないはずもないが、それがいつしか自分にとっての普通の状況になって、いまとなっては慣れてしまって平気である、と。寂しさが苦痛ではない、ましてや、みじめではないと言い切る母親の姿に、こちらは若い女としての盛りを終えようとしている娘はわずかに安堵する。きのうの夜、ともだちが寂しいとネット上でつぶやいていた。ベッドの中でタブレットを開いてまんがを読んでいたわたしはちらっとそれを眺めて、まだ若いそのともだちの真意を無礼にも忖度した。そして、額面通りに、無聊をもてあましていねがてな夜を過ごしているのだと結論した。唐代や宋代の中国の田舎では、書生が夜中に灯火に親しんでいると、狐や鬼がきれいな若い女に扮して、若様のご退屈をお慰めにまいりました、と庭先から書斎に回り込んでくるのだよ、などと、野暮なことはもちろん言わない。わたしもうつらうつら寝たとも。

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 届いたりんごを四つ切りにして、芯だけとって机に置いて、むしゃむしゃ。