ぴょん記

こつこつ憶える

つらつら三月

 きのうは、午後から雨になり、夜は本気で降るらしいと人のいうのを真に受けて、少しだけ関東煮を拵えて、月中に赤飯をした小豆の残りを冷凍しておいたのを粒餡にした。べつだん饅頭に仕上げようという気概もなく、朝のパンにバターと一緒に包んで食べる目論見である。あとは、机に向かうでもなく、ここ数日なかなかくたびれたなあと足をオイルヒーターにかざしながら、NHK木曜時代劇「ちかえもん」の第1話から第4話までを見たり。だいたい途中で眠ってしまうので、油断すると、録画が終わってNHK総合国会中継に切り替わり、Prime Minister (英語ははじめを大文字にするのかもう忘れた。)が、「この、はてな匿名ダイアリーですか、この……」などと発言しているシーンを目の当たりにすることになる。保育所の、待機児童の、あのエントリが取り上げられていたのだ。「こんなひどい××の症例では、もう生きているだけでも御の字でしょう。」とある医師にいわれ、また、別の開業医には、「そんな難しい病気じゃ(うちのクリニック=彼自身の力量では)わからねえよなあ、がははは。」と笑い飛ばされた経験などからすると、人間は、案外、ほかの人の困難に平気でいられる。そつのない身のこなしや手入れの行き届いた笑顔、やさしく耳朶にのこる声音は、そういう残念な事実をずっと見つめていなくてよいように配される天恵なのだ。バイオリン奏者として著名で、有名な俳優一家とも親戚であるという美貌の女性、彼女がこどもたちに渡していたゲーム機を何かの事情で破壊してのちに修理に出して返してあげたというエピソードも、周辺情報のSNSへの表出のあれこれもひっくるめて、叩かれすぎではないかとも思う。もうこういうの、あらかじめ、どのくらい単位量の落ち度と判定されるから、ネット等の批判も、せいぜいこれくらい単位量までの叩きでおさめちゃいかがかというシステム構築しちゃいかがですか。