ぴょん記

こつこつ憶える

江戸に還る風邪引き

 処方されている薬を素直に全部のんでいるけれども、自分の身体の中の変化にそれらの薬がどのように作用するのかわからない。昨日はほぼ確実になにかの感染症に罹ったつもりでいたけれど、夕方にはけろっとしていた。熱発していたのは、頓服のロキソニンが効いて鎮まったのかもしれないし、筋肉や関節の痛みにも同じ薬が作用したのかもしれない。とはいうものの、いまだ中容量のステロイド剤がなにも関わらなかったはずもないし、身体に入った細菌類を殺す抗生剤ではない薬も一種類のんでいるからそれも何らかの働きを示したのかも。今日も午後から雨か雪になるらしく、気温もそれほど上がらないようだ。ただ寝ていると、iPadでまんがや小説を読んでしまって目が疲れる。きのうは、大阪の新町の遊郭の話や、池波正太郎の雲霧仁左衛門の続きを読んだ。雲霧は、NHK中井貴一が主演したドラマとは結末が違っていた。因果小僧六之助は、柄本佑

 

 

 以前にもリンクを張ったことがあると思う。「ちかえもん」よりだいたい20年くらい前の大阪新町の話で、太夫の下の「天神」の位にある、女郎のなかでは「高妓」とされる「和泉」という主人公がすごい。家族に売られたり罪に落とされたり、とにかく春をひさいで命をつながざるを得ない境遇に身を置く女性について(いや、男性を含めてもいいけれど)、かわいそうな、きのどくな、あわれむべき、という態度に終始するのもひとつの対処の方法だろうけど、もしかしたらこういう妓女もいたのかもしれないなという視点で描かれた佳作。

 

 

雲霧仁左衛門(後)

雲霧仁左衛門(後)

 

 

 上に書いたNHKのドラマでは、中井貴一が義賊じゃないけど大義のために壮大な計画に一生を費やす男の姿を好演していた。ところが、原作を読んでわたしが「雲霧」に感じたのは、ヨーロッパの悪漢小説に出てくるような、教養もあれば腕っ節も立つ、りゅうとした身なりの紳士そのものだった。