ぴょん記

こつこつ憶える

目の具合と本体の機嫌

 わたしの右目は長い長い休暇の中にあり、専ら左目のみが文字の読み取りや対象の形状の把握を担っている。眼科の先生と相談して、そろそろ刃を入れましょうかという運びになるのは、今年の下半期以降か。ともかく左目に多大な負担を掛けているので、仕事の締切明けなどにはよく働いた左目に十分休みをくれてやりたいのに、なぜかなにかに追われるように時代小説など読んでしまった。

 

 iPad miniで読む小説は、文字を大きくして書体もゴシックに換え、行間をひろやかにとる。するとページを捲る頻度は繁くなるものの、意味が速やかに頭にはいってくる。そうそう。1週間ほど前にネットで「ばずった」話題で、文章を読むときに頭の中で声が聞こえるかどうか、というのがあったけど、わたしは速読の方法を囓ったときにそれまで文章をゆっくり読むときに聞こえていた頭の中の音声をカットすることにした。熟読玩味する優雅な読み物と違って、たくさん読んで分かり易く書き下す作業が増えると、目の前の文章は有機物の塊であってそのひとつひとつの繊維にまではあえて心を配らない。これ、中学受験の国語の文章題を解くときに身につけたのかもしれない。ただし、大人になってから。

 

 いずれにしても疲れた左目がかわいそうなので、あとで目薬あげよう。