ぴょん記

こつこつ憶える

ごはんを届けて

 パスタを延べ出すことをやめて専ら自らの存在について考えていたパスタマシーンがついには錆びて廃物になったというたとえがある。自分の綴るエントリを並べたブログについて、折に触れてその内容を省み、よりよいものに育てようというメタな視座をもつことは、われはともかく、一般的にはよい行いであると思われる。さて、われは。ふだんの考えがごくごく小人的であるうえに、病中ゆえに閑居を余儀なくされているために、ブログにおいても不善をなすことが多い。具体的にいえば、ぱっきりと割り切った結論を打ち出すということがきわめて寡い。だからどんなに改良を施してみても、なにしろもとがこれだからという思いが強い。まさに錆びた麺打ち機。もっといえば、ある種のアラブル人々とブログを通じて実りの乏しい往来を行いたくないのだ。わたしがブログなどのネット上のサービスを通じて親しくなる基準は、20年以上前と変わらない。それは、メールアカウントだけでなく、本名と住所、電話番号を尋ねたり尋ねられたりしたらすぐに教え合えるかどうかということ。/今般の熊本県を中心とした震災において、活断層で地割れや山崩れの生じた山間部のみならず、熊本市内においても、水と食糧の配給が事足りていないとの報道やツイートが流れてくる。各地からの援助物資が集積所に集められていても、なかなかそれを必要とする人の手元にはいま現在届きにくい状況が続いているのだという。今朝の「おはよう日本」では、自衛隊の炊き出し等のサービスが供されない熊本県西原村の皆さんが、各戸から食料を持ち寄って共同炊事をされている映像が流れた。だが、それも、毎日は続けられないという。各戸の食料の備蓄にも限りがあるからだ。小さな集落の、重なる振動で食の細った人たちにも十分な栄養が行き渡りますように。