ぴょん記

こつこつ憶える

難しい恋

 1989年夏ごろのマガジンハウス社のananの恋愛特集で、門扉ごしに白人の男女のモデルが面伏せにしながら向かい合う表紙のがあった。あれは美しかった。「新生」クウネルも、同じくなぜかananの回顧特集をするのなら、時期を団塊の世代あたりが20歳そこそこだった頃に絞り込むのではなくて、オールタイムで優れた紙面構成や記事を引っ張ってくればいいものを、お名前こそは存じ上げておりますが詳らかには存知申さず、のマダムたちを並べられて途方に暮れたわたしは、2011年の暮れに出た、クウネルvol.53 「アンニョンハセヨー。」を懐かしく読み返すのでした。

 

 それはともかく、冒頭に紹介したananの表紙は「禁じられた恋」を演出したものだったけど、さきごろ聴いたさだまさしの昭和の後半から終わりにかけての楽曲には、いかにも禁じられた、成就の難しい恋愛が描かれていた。聴いたのは、グレープのころの『飛梅』、ソロでの『まほろば』だけだけど。

 

 まず、『飛梅』では、清らかな仲の(では、「清らかではない仲」とはどんなものだよう?とはどうか聞かないで。)ふたりが、太宰府天満宮で逢い引きをしている。「きみ」は大吉が出るまで神籤を引き直したり、「ぼく」がどこかに行ったら自分も菅公の故事に倣って飛び梅のようにそこへ添っていくといったり、積極的ではある。しかし、来年もデートしようという「ぼく」のオファーには二つ返事で頷くことはない。なぜか。二人の間を堰く何らかの動かしがたい事情がきっと存在するからだ。「きみ」には、断りにくい縁談が進んでいるのかもしれないし、「ぼく」は、まもなく転勤で東京本社に移っていってしまうのかもしれない。

 

飛梅

飛梅

 

 

 それから、『まほろば』(これをツイッターでやぎさんという方が勧めていらしたのがそもそものはじまり。)。おもに周囲の圧力で別れそうになっているふたりが大和路を夕暮れから宵の口にかけて散策する。「おもに」と書いたのは、このふたりにも薄々分かっていることだけど、ふたりの心のすれ違いはすでに修復不能だ。「きみ」は、「たとえ老齢に至るとしても一緒になれる日まで待つ」「共棲みできないくらいならここでしんでしまう」というが、「ぼく」は、それらのことばが儚いものであることに気付いている。「きみ」としても、「ぼく」が、別れて生きるかさもなくば心中するか、とにかくこのままふたりで生きる明るい未来はないと決めてかかっているのをたぶん分かっている。別れる原因は、外的な事情ではない。それらはただの契機にすぎない。本当の理由はお互いの心変わり。それを平城山の上にかかった満月が残酷に照らし出す、と。

 

まほろば

まほろば