ぴょん記

こつこつ憶える

粥杖も程度もの

 もし勤め先がカレンダー通りの営業だとしても、今週の月曜日と金曜日にお休みをとれば、先週の金曜日から今週の週末までの10連休というわけで、そういう人にとっては、今日明日くらいがお休み真っ直中なのだろう。わたしは、昨日、普通の月曜日にむりやり連休前夜が接続されたふしぎな時間を、外国語のウェブサイトを眺めて過ごして妙に目が疲れた。

 

 間違っていた事柄が世の中に溢れているのと同様、いや、溢れているからこそ、それを正そうとする動きが起こり、その動きを根拠付けるための言説も生まれるのだろう。その言説は、はじめて目にしたときは実に清々しく感じられる。あえて述べようとする勇気とまごころにある種の美しさすら見て取られることもある。でも、わたしは所詮、動物。正しさへの感動や共感は逓減する。叩かれているのは、たしかに、「邪」。人間の邪さ、狡さ、醜さ。それなら3万回でも殴られてしかるべき?「ハンガー・ゲーム」のすべてのシリーズの終末で、例の人じゃなくてあの人が斃された理由だって、理由の99パーセントはカットニスに迫った現在の危険を排除するためだったけど、残りの1パーセントとプラスアルファは、絶対的な正義、恒久の平和なんてありえへんがなと機械仕掛けならぬ藁細工動作の神であるちかえもんがちらりと顔を出して呟いたからだ、きっと。

 

 正しさとエロティシズムとおいしいお酒の広告は、ほんの少しずつのほうが効果的なのではないか。あとはだまって粛々と実務に励めば、つまり、正しいことを為すなり、なんなりすればよい。