ぴょん記

こつこつ憶える

人並み世間並み

 しばしば他人や身内から、「もっとちゃんとした恰好をしろ。」という趣旨のことを云われる。成人する前から現在に至るまでずっとだ。ふつうの、シャツとスカート、セーターやカーディガン、ジャケットを身につけているにもかかわらず。質素だ、寒々しい、ちゃんと金を掛けろ、と彼らはいう。わたしだって、イージーオーダーの5万円のスーツよりは、採寸から仮縫いを経てできあがりまで最低2週間はかかる仕立屋の手になる40万円の洋服のほうが「シルエットが」きれいに出来上がることぐらい知っている。それはそうなんだけど、たとえ十分なお金があったとしても5万円のスーツを誂えることすら厭で、よほど格式張ったお席でなければ、5千円の上着と自分で縫ったスカートで間に合わせてしまいそう。ある年上の奥さんは、「亭主が家に入れる金の2割は、毎月女房の服飾費に充てるべきだ。」とも云ったが、かりに夫が月に50万円を渡してくれたとして、その2割の10万円の服を買うことはできない。毎月毎月買ったとして、年に120万円。一人娘と初孫を人質に取られて、どうしてもいっぺんに遣ってしまえと脅迫されたならば、ロンドンの一隅に店をもつ織物商の店で5分で蕩尽してみせるけど、ふつうならそんなことはしない。ユニクロで1490円で買ったセーターだって大切に何年も着るし、まして何日も迷った末に買ってしまった数万円のストールなど、外で巻けなくなっても丁寧にメンテナンスして家で大事に使う。

 

 それにもかかわらず、やっぱり云われる。もういい年なんだからちゃんとしたものを着なさい、と。汚れたものも破れたものも、着て出たつもりはないんですがねえ。