ぴょん記

こつこつ憶える

見捨てられる住宅街

 午後から夜までの仕事で稼いでいたころ、千葉県の新京成線や京成線の沿線へよく通った。新京成線というのは、1分とか2分に1つの駅に止まる電車で、その駅の幾つかは、昭和30年代に旧住宅・都市整備公団、現URが企画・建設した4階建てくらいの団地に住む人たちのためのものだった。

 このごろニュースサイトで得た知識なのだが、賃貸のための団地を作ったとき、賃貸人である公団としては、店子として入居した若夫婦がかなり早い時期に戸建てかマンションの自家所有に移り、空いた住戸へは次の年代の若夫婦が入ることを期待していたという。ところが、住宅難や教育費の高騰、バブル経済の崩壊、失われた何十年かによって住人の新陳代謝はうまくはたらかず、引っ越したくても引っ越せなくなった年寄りばかりが団地に残された、らしい。

 ここでやや繊細な話なのでかなりぼやかして書くと、公団住宅には入居に際して世帯所得におおまかな下限が設けられている。都営住宅などはこれとは逆に、所得が上がると退去せねばならないはずである。では、「都民住宅」はどうかというと、これはおそらく所得下限の定めがある点では公団住宅と同じ。

 さて、その新京成線のある駅に近い団地、ここは長らくリニューアルもされず、若い人も引っ越してこない状態で、空き部屋が増え、買いものをするにもお店がどんどん閉じていってとても寂しい状態になっているという。同じ現象が多摩ニュータウンでも起きているとは聞くが、学生の人数の多い大学が幾つもあって、その気になれば、もっと学生を地域に取り込んで活性化をはかれる見込みのある多摩地域に比べて、北総地域はかなり分が悪い。東京の都心まで、新習志野乗り換えの東葉高速をつかって新習志野から西船橋まで10分、西船橋から大手町まで朝なら35分、すごく遠いわけじゃないけれど。

 人口が減ると商業施設が撤退するという。正確にはそうではない。人口が減る前、住民の多くが人間としてはきちんと生きてはいるけれども、所得が減って購買力が落ちた段階で商業施設は住宅街を見捨てる。お店にとっては、穏やかに朽ちていく住宅地と一緒に沈んでいく義理などどこにもないからだ。  

 似たような現象が大手町まで朝なら20分のうちの近所でも起きている。数年前、徒歩圏内にあったホームセンターに逃げられた。ホームセンターとしては、逃げたわけじゃないよ、川の側のモールに出店しているよというだろうけど、電車乗ってバス乗ってそのモールに行くか、さもなくばバス乗って川を渡っててくてく歩いて別のホームセンターで買いものして買いものが大きければ帰りはタクシーで帰るようになった。螺子1袋から遠出せねばならない。この状態は、どう見ても女房に逃げられて彼女が置いていった赤ん坊が空腹のあまり泣くので、頭を下げ下げ貰い乳に歩く亭主の悲哀あふれる後ろ姿に通じるものがある。

 このうえジャスコ イオンにまで逃げられたら目も当てられない。