ぴょん記

こつこつ憶える

妻を譲渡するということ

 『少将滋幹の母』を読んで、在原業平の孫にあたる夫人が大納言国経からその甥の左大臣時平に宴の引き出物として譲渡されたエピソードから、作者の谷崎自身のある逸話を思い出す。それは、奥さんの千代さんを佐藤春夫に譲ったという、昭和5年(1930年)のいわゆる細君譲渡事件のことで、年譜によると大正10年(1921年)ごろから、譲るのやっぱりやめたのならば絶交だなどというやりとりがあったという。ここで、春夫にも千代さんにもそれぞれ言い分はあっただろうが、自分の愛した女をほかでもない親友に妻として譲り渡すという異常に、谷崎自身が震えを通り越して痺れるまでの恍惚を覚えていたことは大納言国経が北の方を時平に連れ去らせるときの描写をみればなんとなく想像できる。妻を渡すというのは、いわば、その女に触れる、その女と起臥をともにするという経験にかかわる感覚を共有するという贅沢な行為で、本来ならば姦通罪(当時)にもあたるおのが妻との情交を余人に許すというだけの事柄ではないのだ。

 とかなんとか朝の8時から書いている余裕もほんとうはないので、けさはこのあたりで。

 

 

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 『昭和元禄落語心中』の雲田はるこさんの作品。小樽で育った幼なじみの青年ふたりが大人になってからおつきあいをするというお話で……あれ、なんだか、このごろ男性ふたりの恋愛ばなしのまんがのほうをより多く読んでいるような気がしないでもない。