ぴょん記

こつこつ憶える

週末、都知事選

 土曜日にひどい雨が降らなければ隅田川の花火大会で、その翌日の日曜日は、東京都の知事選挙投票日。

 

 28日午前7時現在、東京を含む関東地方の梅雨明けはまだ報じられておらず、いま晴れていてしかもこれから気温がぐんぐん上昇しそうではあるけれども、公式にはまだ雨の季節の中にみやこはある。ゆうべの深夜に起きた茨城北部を震源とするM5.3の地震や、津久井の殺傷事件と、人心を揺るがす、少なくともわたしは十分不安になった立て続けの、自然の、そして人工の出来事がこころを殴りつける。

 

 だいたいにおいて、わたしが個人として想定する隣人像は、間が抜けているといっていいほど人のよい自分のあるべき姿を反映して、かなり迂闊なところもあるかわりに兇悪な犯罪を自ら惹起させるようなことはゆめ思いも付かないようなものだ。だから、ときどき、ひどい扱いを他人から受けると、怒るよりもさきにまず腰をぬかさんばかりに驚いてしまう。じつに反射神経の衰えた、鈍いばかりの対応で、これで生き残ってきたこと自体、ワタクシの属する国、社会、時代となによりこの階層のゆるさの現れといえるだろう。より具体的にいえば、各種の面倒ごとに関わることをことごとく免ぜられてきたのだ。たとえば中村文則の小説に出てくる「悪」のように周到に準備されたものでなくても、ちょっとした意地悪にさえ、すぐさま萎縮するほどに。

 

 

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 (この皿の上の白い油脂の正体はいったいなんだろう。)