ぴょん記

こつこつ憶える

母親の涙

 津久井の施設襲撃事件からひと月。容疑者に襲われて入院中の40代男性被害者と、その両親がニュース映像に現れた。事件で受けた心の傷からか、両親とも視線を合わせようとしない被害者。息子との面会終了後、施設に入所させていたこと、そこで怖ろしい目に遭わせたことを悔やんで、ごめんねごめんねと泣いている、ふだんはきっと気丈に振る舞うことの多いであろう70代半ばの母親。この女性に、誰に謝る必要などないことは皆が知っていて、その上で、息子に詫びる気持ちに浸る以外にいまは心の置きどころがないことも「わかる」。怒りと悲しみと不安で頭の中がいっぱいになったとき、それらが自分や周りの人の心を切り裂かないように、ある種の人間は自分の行いを精一杯整えようとする。彼女の抱えてきたものの大きさを思ってわたしは黙した。

 

月刊flowers(フラワーズ) 2016年 10 月号 [雑誌]

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