ぴょん記

こつこつ憶える

卵か壁かで迷う余地はなくなりましたな

 いわゆる大都市圏に住んでいると、朝夕の通勤時間帯に、他者に対する思いやりを行動で示すのにも限界を覚えることがある。たとえば、宅などは、通勤地である都心まで東京メトロの某線を利用しているのだが、混雑時は乗車の寸前から降車の直後まで万歳の姿勢を崩さず、以て、身体の接触する異性及び同性に対して、手指を用いたわいせつ行為やあたり行為に及ぶ意図など微塵もないことを示しているという。そこに、妊婦さんが乗り合わせたとしても、せいぜい、電車の運行中、自分の体重を彼女に掛けないように爪先立ちになっても怺えることしかできないだろう。

 とはいえ、だから危ないから妊娠している人は通勤の電車に乗らないでね、とは云えない。妊娠した女性が、出産する手前まで、あるいは出産ののちに働こうとする意思をもつことは尊重されるべきだ。それは、就労しなくても生活を賄えるだけの社会保障をすべての母と子に差し出す力がこの国にないことも大きな理由のひとつだが、もっと大きな理由として、母となる女性のうちのかなりの数の人が、同時に働く意思をもつ人間であることが挙げられるだろう。そして、通勤に限らず、通学でも買いものでも友だちと会うためにも、妊婦は安心して外出し、公共交通機関を利用できなければ、そうでなければ、悲しすぎるのでは。

 わたし自身は、ヒトとして母になるという選択を行わなかった。そのわたしは、かつて他のヒトである母たちの子をたくさん預かり、そして、先月、ヒトではないある動物の小さな小さな子たち6個体が20gぐらいから140gくらいに育ったり、また同じ動物が多くの人に安らぎと勇気を与えた尊厳ある一生を全うしたりするのをみた。そして、マタニティマークをつけた女性が、電車の中で他の乗客からお腹を殴られた、その乗客は彼女のつけたマタニティマークを認識した上で、当該加害行為に及んだ可能性が高い、というウェブ記事をみて、殴る人に理由を聞くことも必要ではあるけれど、まずは妊婦のために安全な環境を確保しなければと思った。

 さあ、どうやって?

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