ぴょん記

こつこつ憶える

あの日のアバンチュール

 数日来、風邪引きが出たり自分もおよそ活発な気分でなかったりしておとなしくしていた。そういうときは眠っている間にこれは夢だと意識して過ごす時を与えられたり、反対に覚めていても微睡みの中に在るような心地になったりする。むかし、始終、そのような感じでただなんとなく日々を送っていたころ、夜、ものがたりをするので、お茶とお菓子を用意してお求めがあったらお出ししなさいと上の人に言いつけられたことがあった。そのころのわたしはといえば、厨の者と相談してありものを組み合わせて甘いようでいてどこかはじけるような茶請けを拵えたり、血の巡りを整えるような感じの草木茶を調合したり、そのあとは、ものがたりをする座の下手のほうに控えていて、あとから語られたことやそれに添えられたことばなどを書き起こすぐらいが関の山の若い女だった。その夜も、日が落ちてしばらくすると、だんだん冷え込みのきつくなる中をつとめを終えた中年の官吏やわざわざでかけてきた初老の婦人、僧都に神祇の人などが徐々に集まり始め、おおかたそれぞれの地位に応じた席についたあとは、因幡もっと茶を持てとか、因幡ほかに唐菓子のたぐいはないのかなどとわざとわたしを追い立てては右往左往するのをみてどっと囃してにくらしい暇つぶしをしていた。そこへ、出御となってにわかに座は鎮まり、そうじゃのう、今宵は各々忘れがたい色話など語れとの仰せ。あとで草子にといわれていなければ、こんなおじいさんおばあさんの昔の恋愛のはなしなどききとうもないしだいいちもう眠い、と軽く絶望して、わたしは柱の陰に隠れて蹲ってしまった。たしかにこの座に参集する顔ぶれはひとかどの風流人ばかりであるけれども、午後いっぱい厨に籠もって、混ぜろ捻れ揚げよと口でいうだけでなく、手ずから栗の鬼皮を剥いたり粉を捏ねたりしていたので、わたしはけっこうくたびれていた。そのころわたしと似たような立ち位置にいた若い女などは御殿のうちに百人ほどもいただろうけど、それぞれ衣服の調製や外部との交渉などきまった職分があり、こうしたお座興のための走り使いを務めるための員数はとても少なかった。たまのご奉仕のほかは、因幡参れと云われることもほとんどなく、その点は楽といえば楽だけど、そのかわり、用事のあるときはたったひとりできりきり舞であった。というわけで、ほんとは寝てはいけないところだけど、わたしは柱に寄りかかってうとうとしていて気がついたら、しんと静まりかえった中で、おばあさんの声が流れている。七十路か、ひょっとしたら八十路に届こうかという嗄れた声で、だけどどこか気高さを感じさせるところがあった。わたしの眠い目もすっかり覚めて。「……それはもうほんのいっときのことでございましたが、こちらとしてもいのちを燃やし尽くすような思いをして、人目にも立ち、詮ない気持ちをたっぷりと味わいましたことでございます。」と、その老いた上臈が、しんみりと若い時分のお話を語り終えたとき、座の人々もそれぞれに深く息をついて、なるほどのう、などと呟いていた。そこへ、御上から、「おまえをそのように本気にさせた果報者の名は、はて。」などとご下問があり、そのとき、わたしを含めて何人かが、あ!と小さく叫んだと思う。「それは。」と、世に待宵の小侍従として名高いそのおばあさんは笑みを浮かべて、はるか下座にいるわたしの視線をも捉えたかのように感じたけれども、わたしはきょうは金曜日で仕事の締切日だとやっと思い出したので、12世紀の京都の霜夜を抜け出して、21世紀の東京の早朝に戻ってくることにした。

 

 

古今著聞集 (上) (新潮日本古典集成)

古今著聞集 (上) (新潮日本古典集成)

 
古今著聞集〈下〉 (新潮日本古典集成)

古今著聞集〈下〉 (新潮日本古典集成)