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ぴょん記

まじめにはたらく

妻であることの意味

Werk Geschichte

 たとえば、世に認められた妻たる人がいる男性が、旬日に一度、母でも姉妹でもない妻とは別の女性のもとに泊まって朝になればまた妻のいる家に帰るという暮らしを何十年にもわたって続けていたとき、その妻とは別の女性は、彼にとって、次妻なり妾なり、とにかく妻に準ずる関係にある人であろうと世間では考える。さて、男は、若いときはごく軽い身分であったけれども、もともとの血筋のよさと、ときの有力者の引き立てを得たおかげで、髪に白いものが混じる頃には、かなりの地位にのぼっていた。わたしは、当時、この男(なにがしの殿、と呼ぶべきか。)の妻である三条の上のもとに仕えていて、たまに使いとして、なにがしの殿が月に三度は足を向ける水無瀬の方の家に行かされることがあった。三条の上も水無瀬の方ももう同じくらいおばあさんで、水菓子をもたせられて挨拶の口上を述べたら半日ほど留め置かれて接待され(やはりおばあさんの女房たちが三々五々現れて好きなことを喋り散らしてはいつのまにかいなくなる)、用心して控えめにしておいたお茶はともかくお菓子はいりませんという具合になったあと、ではこれをもってお帰り下さい上にはどうぞくれぐれもよろしく、と放免されるのが常だった。稀に、そのなにがしの殿と水無瀬の方の家で鉢合わせて、たぬきだかうさぎだかああ因幡といったか、もしかおまえこちらに勤め替えしたのかなどと悪びれもせずからかわれて、這う這うの態で逃げ出したこともあった。三条にも水無瀬にも、それぞれもう大きくなったこどもたちはいたが、わたしの眼に触れるところでは、双方に行き来もなく、母親はともかく、父親であるなにがしの殿はあまり成人した息子にも姫にも構わない。お腹いっぱいにお菓子を食べたあと、網代に揺られて三条に戻る途中、もしかしたら水無瀬のほうのお子たちはなにがしの殿のお子ではないかもしれぬし、その母である奥方だって、ほんとうは殿の女であったことなど一度もないかもしれぬななどとうつらうつらと考えた。三条のほうは、まあ、なんとなく夫婦の体裁もあるけれど、水無瀬のほうは妙に清潔な感じで、いや、だからといって三条が濁っているというわけでもないけど、でも、どちらもきっとなにがしの殿の奥方としてそのお父様の名前は残るのだろうなとうつらうつらぐうぐうぐう。