ぴょん記

こつこつ憶える

手仕事の換金例

 西日本のある山間地域。中力粉に重曹を加えて捏ねて生地を作り、前夜のうちに炊いて冷ましておいた粒あんを包んで作る炭酸饅頭。中力粉を酒麹で発酵させ、それに粒あんを入れた酒饅頭。これらは、およそ50年前、主婦が家で一度に70個くらい作っては近所に10個くらいずつ配り、順々に同じような饅頭や果物のお返しが回ってきて、その結果、なんとなく家におやつが絶えない状態が続く、というシステムが維持されていた。やがてこどもたちが大きくなって家を離れ、主婦たちも年をとって多量の饅頭を拵えることがきつくなってくるのだが、そうなっても、長年、炭水化物、なかんずくは糖質と親しんできた身体は饅頭を欲することをやめなかった。それは主婦たちの伴侶である中高年の男たちも同じことで、饅頭やぼた餅を肴にして焼酎のお湯割りを飲む者さえ珍しくないその地域では、「道の駅」に手作りの饅頭を5個1パック450円で売りに出せば必ず売り切れた。かくして、「まんじゅうのいえ(仮称)」が生まれることになった。働き手は、50歳以上の農家の主婦たちである。夜中のうちに、彼女たちは作業所に集まり、粉を捏ね、餡を練り、饅頭を蒸し上げる。饅頭はよく売れた。飛ぶように売れた。殆どが、いや、ほぼ全部が手仕事。米も食べている、うどんも食べている、それなのに饅頭が止められない、餅だって頻繁に搗くというのに、でも饅頭は別腹……。お昼ご飯の直後だって、ごくナチュラルに電子レンジで再加熱した饅頭に手が出る、そんな土地柄。饅頭はほんとうに長い間よく売れて、作業所の奥さんたちは何回もハワイへ遊びに行ったという。減反の続いていた田や、他地域の産品との競争力がそれほど強くない野菜ばかりの畑で働くより、みんなで出資した作業所はずっと多くの収益を奥さんたちにもたらした。そして、みんなは、「まんじゅうのいえ(仮称)」の饅頭が本当に大好きだった。

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(炭酸饅頭を自作してみたところ。)