ぴょん記

こつこつ憶える

はりつく京でのたび

 このごろ、また京都のあれこれについて調べている。先日は、京都市内の中国料理、おもに平日の昼食について。お店の紹介に、「本格四川料理を京風にアレンジ。」などとあると、それはもしかして椒の類いをなにかから別のなにかに置き換えたのかと想像してしまう。わたしの好む、あまりメジャーでないメーカーの中華味噌や香辛料を用いた中国料理はほとほと受けがよろしくないので、近頃は専らとってもかんたんなCook Doを利用している。これに肉でも野菜でも調理案内の2倍までは足して作れる。とても経済的である。それはともかくせっかくなので上洛の折にはきっとその京風四川料理の店に足を運びたいものである。前回は、春節とみごとにぶつかったために、京都駅の上の伊勢丹の食堂街にびっしり待ちの人が並んでいたり、市中でも日本語よりもむしろ広東語のほうがはるかに多く耳に飛び込んできたりした。今回はそういうことはなさそうだと思っていたら、こんどは布博の開催期間とも滞在期間がずれた。国立京都博物館の展示もおとなしげだ。それならそれで、ゆっくりバスに揺られたり川縁を歩いたりいづうのさばずしを味わったりして過ごそうと思う。

 

Hanako (ハナコ) 2016年 9月22日号 No.1118 [雑誌]

Hanako (ハナコ) 2016年 9月22日号 No.1118 [雑誌]

 

  インバウンドの人を大切にすることもよいけれど、大きなキャリーケースを両手で2個牽いて、とにかく人波を突破することだけを考えて突き進むおとうさんのエネルギーは、あれやっぱり日々の中国料理から得られるものなのかね。けっこう危ないと思った。