ぴょん記

こつこつ憶える

梅春の寒さに夏のみのりを思う

 晴れてはいるけれども、昨夕から気温が下がって風が強い。台所で洗い物をしてから、調べ物。そこへ実家から電話が掛かってきていろいろ相談。わたしは昨秋、京菜の種をタキイ種苗から実家に送り、それを母が菜園に播いたのでそろそろいい具合かとか今年はどんなトマト苗を台所の窓の下あたりに置いてみるかなどと話す。ピーマンの種など、50粒とか75粒で税込630円くらいして、やや高めだというけれど、タキイ種苗のサイトで注文して田舎の係累のうちに送ると土が肥えているのもあるが、やはり収量が違うという。人参などは固定種でおいしいのが幾らでもあるのでそういうのを食べたいとは思うけれども、そのうちは、いろいろなところに住む非農家に夏野菜から冬のはじめの白菜までどんどん送るうちなので、やはり安定してたくさん穫れるほうが喜ばれるのだ。人参に限らず、固定種の種を選んで植える農家の人の特集は、リニューアル前のクウネルで読んだ。クウネルは、昨春のリニューアルのあと、3号は読むといったけど、結局、4号までは買った。以前のクウネルよりは、確実に大きな距離を感じざるをえない。2ヶ月に1回、楽しみにしていたクウネルという雑誌は、もう存在しない。表紙も、甲田益也子さんならクロワッサンで見慣れていたけれど、小林麻美さんを何回も起用するというのは、雑誌のほうから、以前の購読者に踏み絵とまではいわないまでも、わりと突き放した、お厭なら結構、という一種の通牒を渡した感じだ。以前のクウネルの読者の多くは、あまり小林麻美さんに近いとは思われない。小林麻美さんがきらいなわけでもないけれど、雑誌の表紙というのは、現代においても、なお重要だ。

 西瓜がたくさん生ったら、はたして分けてもらえるだろうか。