ぴょん記

こつこつ憶える

怒りを伝えるコスト

 きのうツイッターだかはてなブックマークだかを眺めていたら、コンビニエンスストアの店長がアルバイトの従業員に、「中高年がクレイマーに変じがちなのは、何十年も進級進学、就活もない変わり映えのない生活を送っているせいだ。」と自説を語るものがあった。ところでこの店長さんは、勤務先で激烈な生存競争に晒されて、その上で結構高い地位についた人でも状況によっては容易に怒りを露わにすることがあるけど、それについてはどう説明するのかしらと思った。なんとなくかの脆弱性理論の変形をみたような感じ。

 ここ数週間、過失によるものなのかそれとも故意によるものなのか、ちくちくした嫌がらせも混じった不都合が身の回りで起こっていた。梅雨時だったり入院時だったり相手にもそれなりに言い分があるだろうけど、もうわたしはそれを理解しようとする根気がない。そしてまた、自分はそれに怒りを感じているのだと相手に伝えるある種の親切心もない。軽蔑すらしない。そういうわたしは、いかにも気晴らしや暇つぶしにいじめがいのあるものにみえるのかもしれない。

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