ぴょん記

こつこつ憶える

評価される契機

 数日前に、はてなブックマークのホットエントリで、「電車やバスで、座席を必要としている人に自分が腰を下ろしている座席を譲る人は感謝されるけど、はじめから遠慮して座席を使用せずに立っている人には誰もありがとうとはいわない。」とか、「トラブルが発生しないように注意深く目配りをしながら仕事を進めている人よりも、おおざっぱに作業を続けてトラブルが発生するがなんとか弥縫策を講じて事態を収拾する人のほうが高く評価される。」とか、いう問題が話題の俎上に上がっていた。

 まず、電車やバスの座席の件では、ずっと立って座席に近寄らなかった人に、感謝する人やその状況というものが考えにくい。漫然と吊革にぶら下がっている乗客と、身体に不自由を抱える人のために意識的に座席を避けている乗客とを見分けることは至難の業である。それに比べて、働く場では、上司なり人事なり「評価権者」やそれに類する立場の人がいるわけで、そういう人が、トラブルを起こさない慎重な人と、ブルドーザー並みに馬力はあるけれどもついでにいろいろ引きずって大小の面倒を起こしてそれも片付ける人の業績をそれぞれ公平に評価できなければ、その組織はかなり危うい。各々の給料にも影響することだし。たとえば、病気持ちとしていえば、自分の主治医は、できれば前者のタイプがよい。パワーがあるとしても後者の型では自分の身体でより多くのトライ&エラーがなされるわけで、そのたび入院とか薬の増加とか、かなりつらい。とはいうものの、たいていの組織では、こつこつの人もうっかりの人も相当数存在していて、うまくいっている場所では、上の人が釣り合いのよろしいように仕事を割り振って、それで職場が回っている筈なんだけど。あ、ちがう?そうしたふうなものでもないよ?なるほど。

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