ぴょん記

上古文学、外国語、数学、調理、編みもの、縫いもの、競争法

必要と嗜好

 朝、起きて顔を洗うより先に、1リットルの小さな湯沸かしを火に掛ける。野田琺瑯のポトル。そこで沸くお湯で、コーヒーを落としたり、玄米茶を淹れたり。クノールコンソメを溶くこともあるけれど、わたし自身は、よほど空腹でないかぎり、朝食にスープはのまない。とにかく、毎朝、なにか温かい飲みものは拵える。

 あるとき、日中に、ふと眠気とも違う、一種の気怠さを覚えた。その日は、コーヒーも緑茶ものんでいなかったので、カフェイン切れだとわりとすぐに気付いた。ペットボトルの始末をするのが厭さに、ガラスの容器に麦茶やほうじ茶を作り置きするので、たまに麦茶などを温かいまま口にして、昼過ぎまで過ごすことがある。

 ここ数年、カフェインを多めに摂取することで頻脈が起こるのを防ぐために、コーヒーを1日1杯どころか殆ど口にしない週もある程度に控えてきた。この頻脈は、胸の細い血管を灼いていくことで抑えられる種類のもので、処方されるステロイドの量が少なくなるにつれて漸減傾向ではあるけれども、起こるよりは起こらないほうが楽なので、コーヒーやアルコールには手を出さないように自分できめた。それが、また様子をみながら少しずつコーヒーをのむようになって、とうとうカフェインが切れたことに伴う自覚症状が出るようになるとは、なかなか感慨深い。さて、これから、コーヒーとはどのくらいのつきあいをするべきだろうか。

 コーヒーは純粋な嗜好品だけど、このごろ切らしてぜひ食べたいと思ったものにヨーグルトがある。ヨーグルトは、牛乳のなかまで、乳製品は、現代のこどもにはほぼ必須の栄養源とされているが、大人に対してはどうだろう。小学校のころ、給食の瓶入りの牛乳が四季を通してたいへん冷たく、児童は、それを飲むことを厳しく命じられていた。わたしは、冷たい牛乳をのむと胃腸の具合が悪くなっていたが、なにしろ昔のことで、担任も保健教諭も「飲め」の一点張りだったから、話にならなかった。その牛乳を、担任が脇見している隙に、10秒以内にのんでくれたSくんYくんありがとう。小学校を出たあとも、乳製品との疎々しい関係はずっと続いていたが、この冬は、ヨーグルトが食べたいと、なぜかつよく思うようになった。

 ヨーグルト。小さなカップに入って3つで210円ほどする食品宅配のものもあれば、イオンのは同じ大きさのカップ4つで98円。苺やブルーベリーの果肉の混ざった明治のブランド品の大きめのカップのもおいしい。ふつうのプレーンなタイプに、好きなジャムを混ぜたり混ぜなかったりしてもいい。なぜか、生まれてはじめてといっていいほど、この冬はヨーグルトに取り憑かれている。朝と夜、1日に2回、ハーゲンダッツでもらうピンクのプラスティックの匙で、小さいカップ、大きなカップ、深めの皿をこそぎながら白いゲルを口に運ぶ。

 そうそう、ハーゲンダッツの匙と同じくらいの大きさの金属の匙をそろそろ探さなくては。かなり丈夫にできているとはいえ、あれもときどき、ぽきりと折れてしまう。

 

  もし塗装が甘かったら、自分で調整できるだろうか。このごろ輪針しか使っていないので、棒針ちょっと不安。