ぴょん記

上古文学、外国語、数学、調理、編みもの、縫いもの、競争法

おかあちゃんの不思議な分身

 これは、せんの日曜日のこと。朝からなんや慌ただしい気配がして、坊(ぼん。ぼくのこと。)の菜っ葉は冷蔵庫の中、おとうちゃんのおそうめんはテーブルの上ねえ、と言うたなり、がらがらのぴしゃん、で、おかあちゃんは出掛けてしもうた。ぼくはうさぎの身とはいえ、この春から大学の一回生なので、月曜日から土曜日まで講義がある。土曜日の夜に課題仕上げてああしんどでばたんきゅうや。日曜は、たいてい、朝寝してる。こんなん、中学のときにはなかった。ぼくももう年やな。

 大河ドラマのアンコール放送の始まる頃、やっと起きて顔を洗って(形だけな)、冷蔵庫から小松菜と、ケールと間引き菜のタッパーに入ったのを引っ張り出して台所のテーブルに並べ、さあブランチの始まりやでってひとりで盛り上がっていたら、おい、坊!と、おとうちゃんの声。おそようございますう、おとうちゃんはおそうめんですか結構ですなあとお愛想をいって、ぼくはさくっとケールに歯を立てた。旨い。人間さまは、ケールを青汁のベースにするらしいけど(ああ、勿体な)、菜っ葉は、本来、洗い立てをそのままいただくのんが最高やで。ケールの合間に小松菜と間引き菜も忘れずにいただく。今日は大盤振る舞いや。ぜんぶで700gぐらいあるのとちがう?ちらっとおとうちゃんのほうを見たら、あらびっくり。いつのまにか出前の人でも来はったのやろか、お盆にうな重のせて、そのまま茶の間のほうに。おそうめん茹でるんやなかったんかい。うな重、いま一人前なんぼくらいするの。いいなあ、うな重。ぼく、食べられんけど、なんやうらやましいわ。

 お重の蓋をとって、おとうちゃんがまず鰻の身に箸をつけたそのときや。ただいまあと、おかあちゃんが帰ってきた。外はもう結構な暑さ。おかあちゃんは額の縁から汗がとめどなく垂れるので、ほぼ日のハンドタオルのパイル部分を表にして、顔を押さえながら台所に現れた。あら、ええかおり、とおとうちゃんが隠すこともできず、平静を装ってつつき続けているうな重を一瞥し、あら坊起きたん、と、ぼくに笑顔を向けてジズヤ(人頭税ちゃうで)のパンの袋を流しに置いた。

 どや、ジミコは元気やったかとお父ちゃんが聞く。へえ、と、おかあちゃんが頷く。あちこち巡りたいとは言うてましたけどな、病み上がりやし、もともと足弱なんやから無理したらいかんのに。ジズヤでちょこっとコーヒーのんで、ほなさいならでしたわ。ぼくは、黙ってケールを囓り続ける。ジミコ。誰やろ。おかあちゃん、その人に会いに行ってたんやな。おかあちゃんはおかあちゃんで、おとうちゃんに聞こえんくらい、でも、ぼくの耳には届く程度の声で、平日のお昼に、うな重の上、食べるからええのよ、と言う。ぼくは、おかあちゃんの親戚にも、友だちにも、ひとりも会うたことがないの。ぼくの友だちの田中や山田のおかあちゃんらとうちのおかあちゃんは用事があれば話すことは話すし、別に仲が悪いわけでもない。でも、友だちではないんや。家でごはん炊いて、お掃除して、お洗濯して、内職でちょこっと働いて、一日中、家の中でぼんやりした顔で過ごしてはる、それがぼくのおかあちゃんや。せやし、そのジミコさんちゅうおばさんかおねえさんか、ぼくはちょっとだけでも顔みたかったな。いや、ここは特上や、と、おかあちゃんはまだ呟くのをやめない。

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そのあと鍵善良房さんにおつかいにいった

京都の平熱――哲学者の都市案内 (講談社学術文庫)

 206のバスに乗って、ぐるっと回るで。