ぴょん記

上古文学、外国語、数学、調理、編みもの、縫いもの、競争法

幸せを可能にする財貨

 倉橋由美子のいわゆる「桂子さんシリーズ」で、最初に読んだのは、『交歓』。主人公が、10歳年上の夫を亡くす前後から、新しいパートナーとなる入江氏を得るまでの約1年間の物語である(と思う)。亡くなった父から「たまに大儲けする」出版社の経営権を相続した桂子さんは、夫の死を受け入れ、生活を楽しみ、いくつかの新しい関係に心を躍らせる。それを可能にしているのは、知と美と、財である。

 昨日まで再読していた『城の中の城』は、『交歓』に先立つこと10年前の桂子さんの周辺のはなしだけど、その中で、「無名庵」と桂子さんが仮に名付けた料亭の支払(2人で利用した)を、それなりによい会社に勤める彼女の元恋人、だいたい32歳が自分のひと月分の給与と同じくらいと表現している。それはおそらく1975年ごろのことだろう。「無名庵」の離れは、のちに『交歓』で、桂子さんが買い取って、「秋川荘」と書いてシュウセンソウと読ませようとしたら、ふつうのアパートのようにしか発音されなかったというエピソードがついてくるが、これも広い風呂のついた大きな建物である。「無名庵」は、それよりももっと広い。

 そういうお金のつかいかたは、もしかしたら実際の世の中にもあるのかもしれない。わたしは知らないし、もとより知らないままでいい。そういうハイライフを素直に羨むには、わたしのあたまは螺子が何本も足りないようで、これをこうつかっては品下るさまにならないかと気に病んでばかりで、楽しめないこと請け合いである。富貴とは、5代目くらいから後になってやっと身に付くものだ。なにごとも、なまなりはいけない。

 ともかく、この年になってみると、読んだことのないクリスタルなお話以上に消費小説的なものを桂子さんシリーズの中にしらずしらずのうちに求めていて、俗よのうとわが身を省みること頻り。

 

交歓 (新潮文庫)

交歓 (新潮文庫)