ぴょん記

上古文学、外国語、数学、調理、編みもの、縫いもの、競争法

またもうらめしい数ミリの汚れ

 わたしの手順でいくと、シャツにアイロンを掛けるときに最後の箇所となる、左前身頃。きょう、シャツ5枚にアイロンを当てていたところ、2枚目の淡い色のシャツの左前身頃のポケットの上に、数ミリの長さの細長い汚れが残ってるのに気が付いた。軽くこすってみても落ちない。これは、たぶん、油性ボールペンのインク。見なかったことにしようとすればできなくもなさそうな小さな汚れだけど、数秒迷って、もう一度洗うことにした。「青ざらし」という固形石けんで水を通したシャツの汚れを揉み込んで、しばらくそのまま水に浸しておく。これで落ちなければ他の方法も試さねばならないけど、たいていは落ちる。それにしても悔しい。ほとんど1枚、アイロンを当て終わっていたというのに。

 そういう面倒だけど洗剤で解決できることとは別に、何十年間かの間、わたしを悩ませ続けてきた問題もある。わたしの両親にはいいところも悪いところもあったけれど、たとえば、父についていえば、学齢に達したばかりのわたしに向かって、あなたはきっと将来、容姿を気にして、美容整形術を受けようとするだろうけど、受けたとしても外科手術には限界というものがあるから、すごい美人にはなれない、などと折りに触れて言うようなところがあった。わたしはそう言われても、怒りも泣きもしなかった。父がかわいいとか美しいとか評価してくれなくても、可憐に感じたのかそれとも不憫に思ったのか、親切にしてくれる、男の子や青年やおじさんやおじいさんたちには不自由しなかったので、顔かたちについては、少なくとも自ら放念しても構わない水準なんじゃないかと実際深く考えたこともなかった。

 問題の所在はそこじゃなくて。

 顔のかわいらしさの乏しさとか、あれこれ割り切って傍からみれば鼻で笑ってあれこれ遣り過ごすようにみえる態度とかが災いしてか、わたしは、父にも、そして、母にも、より少なくしか愛されなかった。それをきちんと理解するのは、若干こころがしくしく痛む作業だったので、しっかり直視してこなかったわけだけど、もうかくなるうへは認めるしかあるまいという案件がにわかに出来して。ええ。

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