ぴょん記

きょうからしばらく雨降る日々

2022-01-01から1年間の記事一覧

台所が急遽応接間に化けた

きょうは、予定では、午前に来客、午後に複数個口の荷物の運び込みを予定していた。ところが、午後の搬入が、先方の都合で、「もしよろしかったら」と午前に繰り上がり、搬入と時を置かずして来客応対が怒濤の勢いで行われることになった。 いま、台所は、わ…

『鎌倉殿の13人』第41回

ある人の計算によると、和田合戦当時の巴御前の実年齢は、だいたい50代後半。このあと30年以上の時間を彼女は、木曽義仲と和田義盛という傑出したふたりの夫の供養をしながら送っていったというけれど、それも気の毒なことだなあ。 和田殿も三浦殿も、もちろ…

調理後の姿を想像する

日曜日ののど自慢は、三重県松阪市から。立て続けに3組の合格者が出たりするなどして、かの地の一般の人の歌唱力の高さには驚かされたけれど、それは扨措いて。 松阪牛は、牛肉としてすごく高いものらしい。その高価な牛肉は、カタログギフトの紙面やウェブ…

遡及日記を細々と書いていく

先週の木曜の親子丼の記事以来、ご無沙汰しております。一週間ほど家を離れてふらふら移動して、昨日金曜の夕方に戻ってきたところです。冷蔵庫の中はほぼ空っぽで、これから土曜の午後にネットスーパーの宅配が届くまでは、なんとか頑張って保存食料中心で…

秋の行楽シーズン、週末、全国旅行支援

小倉からのぞみに乗って地元に戻ることにしたのだけど、広島あたりまでがらがらだった緑の車両が、なんだか途中からは混雑してきて、それでも目に見える範囲では満席というわけではないようだった。ところが岡山を過ぎたあたりから、車掌さんにグリーンの座…

公の金で飲み食いをした

飲むほうは、水とお茶だけだったけど。 今回の旅行、最後の1泊だけは、いつも泊まっている宿を全国旅行支援の枠で予約して、3000円掛ける人数分の金券をもらった。知らない土地ではないし、甘いお菓子をたくさん買っても困るので、使途はどうしたものかと困…

九州女性の情の厚さと馴染めぬわれと

ここ数日、涙を多く目撃する。死別ではなく、生き別れの際に流れる涙。ふだんから柔らかい物腰の人はもうはなから、そうでもない人ならなぜかまして多くの涙を溢して別れを惜しむ。そう、惜別の涙というのだった。 わたしは、九州の生まれで高校卒業まで九州…

だんだん朝の冷え込みが厳しくなって

「たぬきケーキ」という名の小さなケーキが昭和の後半に流行したそうな。ベースはカップケーキで、胴のあたりにバタークリームが入る。これは、そのころよく用いられていた濃厚なクリームで、最初の流行時の詳しい仕様は知らないけれども、当節は上の方には…

『鎌倉殿の13人』第40回

和田義盛は、頼朝と同年で、旗揚げ以来の重臣である。三代将軍実朝は、この和田殿に懐き、伺候して昔語りをせよとかややオフィシャルには正月の祝いのバンケットを主催せよとか親しく命じている。実際、和田一族には、そういう晴れがましい席を宰領する地力…

深夜電力とは何時から

九電工の人によると、わたしの実家の深夜電力でお湯を沸かすタイプの機械は23時ごろから静かに仕事を始めるらしい。160Lで十分足りるところ、そこを頑張って190Lのにしたらしい。それが数年前のことで、この数日間は、比較的新しい給湯器で沸かしたきれいな…

ギガ貧乏になる

9月に殆ど使わないまま過ぎてしまったモバイルWi-Fiを今回は携行した。途中、1日500MBずつ使えば、余裕で帰宅まで保つ予定だったけれども、ある夜、ルーターの電源を切らずに眠ってしまったら、接続していたPCで何かが起こったのか、翌朝、残りのギガ数はゼ…

西へ

旅に出た。今回の旅行では、観光は殆ど予定にないけれども、少し楽しみなのは、途中の広島で九州新幹線の車両に乗り換えて、小倉を通り越し、博多を経由して、熊本まで九州新幹線に乗る点だった。 広島では、乗り換えの時間がそうたくさんはなかったけれど、…

親子丼になにかが足りない

三つ葉は、冷蔵庫にはなくて、葱でもいいけどわざわざ載せなくていいかと省略。玉葱をだし汁でよく煮て、鶏胸肉を入れてまたしばらく煮て、最後に溶き卵を混ぜ入れて蓋をしてごく短時間。それで親子丼といえばいえる。でもなにか足りない。 そうか、干し椎茸…

新しい銀行口座を作りに出かけた

いま、使っている銀行口座は、20年以上前にアルバイト先が、『この銀行のここの支店で普通預金口座を作りなさい。』と、がちがちに指定してきたときに作った。そのアルバイトはしばらくして辞めてしまったけど、同じ口座へは、それからいくつもの雇用者、委…

わたしは髪を染めたいと思った

相変わらず、髪は長いままだ。切らずに伸ばしたままなので、長いのは当然だ。その髪の下がり端のあたりは、だいたいもとの髪色のままなのだが、額の生え際などの色が抜けてきた。全体に、黄色っぽい。もともと漆黒の髪とはほど遠かったために、きれいな白髪…

『鎌倉殿の13人』第39回

今回、4年分を1日に圧縮してお届けしますと、なぜかナレーターの長澤まさみさんが冒頭に画面に登場してご案内されました。そのことばの通り、従兄の泰時に焦がれて相聞を詠みかけ、『これは間違ったということにしておきましょうよ。』と袖にされる実朝氏の…

鞄の中にあるといいもの

今週のお題「カバンの中身」 たぶん、加藤ゑみ子さんの御著書だったと思うのですが、外出するとき、とくに出先で人と待ち合わせるときには約束の時刻よりも若干早めに着くことももちろん大切だけど、なにかの都合で先方が遅れるようなことがあったときに、愉…

姫野カオルコ『リアル・シンデレラ』

1950年生まれの倉島泉(くらしま・せん)という女性の半生を、肉親を含めた彼女を知る人々に何度もインタビューしていく方法で描写しましたという体裁の文学作品。同じようなスタイルは、有吉佐和子『悪女について』という、亡くなった著名な女性について数…

免疫力を上げるという食物と

一方、わたしは、免疫力を押さえつけるための薬剤を日々接種しているわけで、そうなると、免疫力を上げると称する食べ物は、避けるべきなのか。でも、漬物とか納豆とか、特に禁忌といわれていない。あるお医者さんは、わたしの病気については、これが治療に…

考えが至らないまま、秋深く

日々迷妄の度を増していく、わが判断力。 Wi-FiルータのSIMカードの挿し直しで不調が直ることもあるのを忘れるのも、自分がサブディスプレイに吹っ飛ばしたメモ帳があたかも勝手にどこかに逃げていったかのように感じるのも。たとえそのひとつひとつは小さく…

餃子を焼く話

スーパーで買う餃子の皮は、20枚に始まって、30枚、50枚と、だいたい10枚単位で棚に並んでいる。うちは、現在、ふたり家族であるが、餃子を家で包むときは、30個弱は作る。大阪王将さんの生餃子のテイクアウトは6個単位で、それを買うときはどんなに頑張って…

わたしとヘルプマーク

数年前の夏、自宅最寄りではない、都営地下鉄のある駅に、いわゆるヘルプマークを貰いに行った。外出といえば、おもにD大学医学部附属病院に行って帰るだけだったが、ふとしたことから負担する医療費が倍になり、通院の足をタクシーからバスに切り替えた。都…

『鎌倉殿の13人』応援感謝!ウラ話トークSP~そしてクライマックスへ~

三谷幸喜さんが朝日新聞で連載されているエッセイのたしか夏の終わりごろの回で、『鎌倉殿の13人』の最終回の脚本を書き上げたけれども、お芝居の結末は意外なものになると予告されていた。晩年の義時、急死説、暗殺説のある中で、その最期が「意外」といえ…

肉や野菜を食べた

このごろスーパーマーケットの野菜売場を通ると、とても立派な大きさのサツマイモが山と積まれているのをよく見掛ける。300gは優に超えていそうなのが、198円くらいで売られている。わたしは、十日ほど前に小さなサツマイモが4つか5つ入っていて100円の袋を…

捨てられない丈夫なTシャツ衣替え

気温が急に下がったので、可動温度域の細い夫が、明日は冬物大会をしようと金曜の午後にオファーを出してきた。世間で言う衣替えを指すのであろう。もちろんわたしに否やはない。たとえば気温が5℃下がるごとに、それにふさわしい衣料を順次足していくよりも…

雨がしとしと降っていた

実際には、1時間に7.0ミリ降るときもあるような結構な雨脚の強さだったけれど、まあ、雨が降っていて肌寒かったので、長袖を出して着た。一日寝て過ごしてもいいくらいの気分だったが、そういうわけにもいかず、近所のショッピングモールまで行った。 そのモ…

急に冷えてきました

10月に入っても、暑い暑いとこぼしていたら、昨日あたりから急に気温が落ち込んできて、その気温というのはきっと例年並みなんだろうけど、なにしろ6月末からの100日余りの暑さが並外れていたものだから、入れ替わった空気は涼しいを通り越して寒い寒いとい…

栗の鬼皮(と渋皮)を剥くための一方法

ネットに上がっていた動画を閲覧した夫と、Togetterかなにかを流し読みしたわたしによる、取得情報の摺り合わせによって、「一晩以上冷凍した栗の下の方に切れ込みを入れ、たっぷりの熱湯に一回浸して、おもむろにその湯を捨てて、また栗を熱湯に浸して、5分…

5年ぶり2度目の頭越し飛翔

まあ、4日7時過ぎに起こったことの受け止め方は人によって違うだろうし、相手の国の支配層と一般国民を切り分けて、向こうの国の大部分の人たちは最低限の食料さえ満足に手に入らないのが常態なのだと心を寄せることがあるのもわかる。ただし、十分に大きな…

『鎌倉殿の13人』第38回

四郎時政は、娘婿の平賀朝雅を第4代の鎌倉殿に据えようと、いったいどのあたりまで本心から考えていたのだろうか。奥方のりくさんは、わりと本気でそのプランを推し進めていたわけだけど、源氏としての血筋はともかく、平賀氏は年齢もまだ二十代前半、御家人…