ぴょん記

上古文学、外国語、数学、調理、編みもの、縫いもの、競争法

文の構造と難解さ

 このごろ、デンプンがどうのこうのという文の穴埋め問題が取り上げられ、その問題では科目としての「生物」の知識を問うている筈が、日本語の読解力がある程度なければ正解に辿り着きにくい、との評判もある。が、これについては、かなりあやふやな印象。日本語で学ぶ中高生に向けた、「生物」だか「国語」だかの問題なら、多少の捻りがあってもいい。

 と、ここで、介護職を求めて日本にやってきたインドネシアの人が、漢字を交えた解答を求める資格試験に苦戦して、遂には志を果たせずに残念ながら帰国するというエピソードを思い出した。もちろん、主たる労働の場によって、そこで求められる日本語能力の内容や程度は、それぞれ異なるだろう。介護の資格試験の合格に求められる日本語を正確に運用する能力が最低限どのくらいのものであるのが適当かは、介護というものが被介護者の健康と生命を預かる仕事であるだけに判断がなかなかに難しく、ゆえに余裕をみて(必要な程度よりも)より高いレベルに設定されているのかもしれない。

 割合平易な、外国の熱意ある人なら習得しやすい日本語というものが、これから新たに編み出される必要があるのではないかとも感じる。そして、それとは別に、含みをもたせた因循な言い回しというものも、ときになにがし町文学などと揶揄されつつ、しぶとく生き抜いてほしいと心から願う。読むのに骨が折れる文章、好きなんですよ。

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サッポロ・クラシック。もっと飲みたかった。