ぴょん記

上古文学、外国語、数学、調理、編みもの、縫いもの、競争法

夫婦間の家事の分担を巡る問題で

 かつて、将棋だか囲碁だかのかなりベテランの人が、「フライパンを2個、焦がして駄目にすれば、一生楽ができる。」と言ったという。つまり、自分はそれなりに値の張る煮炊きの道具や食器、家財道具をうっかりして二度と使えないレベルまで破壊するような粗忽な者であるから、こと家事においては戦力外の扱いをするのが得策であると「相手方」に分からせる。それによって、家事労働を分担させられることなく、「一生楽ができる」という意味なのだろう。これはわたしがこれまでに聞いたネットにおける夫婦に関する言説の中で、悪い方の歴代2位に位置付けられる、ほろ苦くて悲しいものだ。自分が「一生楽ができる」のは、過失を装った故意で引き起こしたトラブルで焦げ付いたフライパン2個とその他あまたの犠牲があったからだ。「できない」は、「したくない」とは異なる。女房に家のことを押しつけられないくらい稼いでこいとか、金も稼いで家のこともきちんとする女房のこと圧迫されているように感じるんだようと外で愚痴るとか、そういうのも、言語化するまでもなく、本筋から外れている。

 それぞれ個別の家庭の事情はあるだろうけど、お菓子がひとつ残っていたとして、それを相手と分かち合うことなどはなから考えずにぱくっとひとりで食べてしまう人は、まあ、困る。比喩的に、なぜ分け合うことを考えるべきか真顔で問われたとき、ああこの人は「相手方」が厚意でしたことをあとになって「自分は頼んでいない」ということに躊躇しないだろうなと思った。

 

 

 

 

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お菓子なんて分けて食べたほうがおいしいにきまっている