ぴょん記

食べる、遊ぶ、学ぶ。

『豊饒の海』に寄せる小文

 ※ 以下は、2011年11月に、クローズドのはてなダイアリーで書いた覚え書きの再掲です。

 この四部作からなる小説の筋は、私の理解する範囲においては、以下の通りだ。すなわち、維新の元勲の孫と判事の息子(本多繁邦)が学習院で同級になる。元勲の孫は、幼なじみの堂上華族の姫と恋をして、姫は妊娠する。ところで、姫には宮家の跡継ぎの若宮との婚約にすでに勅許がおりており、姫の妊娠はとんでもないことであるから、若い恋人同士は親たちから引き離され、姫は門跡寺に入り、元勲の孫は20歳の若さで衰弱死する。(「春の雪」)


 本多繁邦は弁護士になり、40歳の坂を越えようとしている。日本がぐいぐいと右傾化・国粋化していった時代、彼が知り合い、元勲の孫の生まれ変わりと信じた純粋な若者は、社会の矛盾を糺すため、性急な手段をとろうとして失敗し、投獄される。失敗の理由が自らの父の密告にあったことを知った若者は、その裏切りに自らの命を擲って抗議し、20歳で亡くなる。(「奔馬」)


 国を相手にした入会権関係の裁判で思わぬ巨万の富を手に入れた本多繁邦は、還暦。敗戦後の日本で、学習院の生徒であったころ、来日したタイの王子の縁で、月光の名をもつ異国の王女の日本での後見人になる。奔放な王女の身体に、元勲の孫や昭和維新の志士にあった徴があるのか、確かめたい本多。帰国した王女は、やはり20歳でその生涯を閉じる。(「暁の寺」)


 老耄の身を興味の赴く方向へ駆り立てて羞じない本多は80歳。才能に恵まれ、しかし、貧しいある青年を王女たちの生まれ変わりと信じて引き取る。ところが青年は日増しに地金の粗さを覗かせ、ついには21歳を迎えてもなお、生き続ける。本多は、いまは尼門跡となった友人の恋人を訪ね、唯識論に通じた彼女と問答を重ねる。そこで尼門跡の口から放たれた言葉に、本多は自らが長らく追いかけてきたものの真贋を改めて問うことに。(「天人五衰」)


 なんの資料も読まずに思い出しながら書いたので誤りも多いと思う。本多が、聡子(尼門跡の俗名)ならば、自分の感慨に共感してくれるに相違ないという期待を抱いたとしてもやむを得ないやりとりが、「春の雪」の中盤あたりにはあった。まだ彼女が仏教哲学に染まる以前、本多が生まれ変わりの奇跡を信じるずっと昔の夏の夜の記憶だ。そこでは、聡子は、いつか終わると、それも破滅によって幕が引かれるとわかっている色事を、かなり客観的な立場から俯瞰して自嘲してみせる余裕のある女性だ。寺に入り、厳しい修行を重ねて、「尼僧の中の光に」と期待をこめて導かれた過程で、過去の出来事を含めた一切に対する考えが変容をきたしたのかもしれない。


 ひとは月面に存在する涸れたクレーターを逆説的に「豊饒の海」と名付けた。その絶対的な渇きの中でのたうつ本多を、月の光の名をもつジンジャァンに幻惑させ、仕上げに月修寺で、聡子と60年降りに再会させて引導を渡す……学習院から東大法学部に進んだ三島が、かつて、華族や多額納税者の息子ではない、学習院の生徒だったという自分と共通項をもつ本多を日本近代史という大きなすり鉢のなかでごろごろ思う存分転がしてかき上げた畢生の大論文。これを残して、三島は、市ヶ谷へと乗り込んでいった。

 

 

 

 

 

春の雪―豊饒の海・第一巻 (新潮文庫)

春の雪―豊饒の海・第一巻 (新潮文庫)

 
奔馬―豊饒の海・第二巻 (新潮文庫)

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暁の寺―豊饒の海・第三巻 (新潮文庫)

暁の寺―豊饒の海・第三巻 (新潮文庫)

 
天人五衰―豊饒の海・第四巻 (新潮文庫)

天人五衰―豊饒の海・第四巻 (新潮文庫)

 

  映画『春の雪』は、2005年に妻夫木聡竹内結子主演で公開された。その主題歌は、宇多田ヒカル『Be My Last』。でも、豊饒の海を思うと、いつも映画『稲村ジェーン』の主題歌である『真夏の果実』が脳内を流れる。