ぴょん記

きょうからしばらく雨降る日々

おかあちゃんとごはんたべ

 いきつけのとんかつ屋さんでは、おかあちゃんとぼくは目立たんような隅っこの席に通される。いつもお母ちゃんは上ロースカツ定食、ぼくは子供用プレートを頼んで、ほんとうの狙いは食べ放題の繊切りキャベツや。ぼくのお皿のヒレカツ2切れは、おかあちゃんがほないただくなぁと当たり前のように誘拐していきおった。ぼくは、お箸でキャベツの繊切りをもぐもぐもぐ。せいだいきばって食べているのに、ふと顔を上げると、お店の大将本人か、おかみさんがにこにこ笑って大きなボウルを構えてキャベツをよそってくれるので、いつまで経っても皿の上のキャベツがなくならない。ギブゆうまでサービスしてくれる。こうなると、いくら隅っこの席でも、まったく人目に立たんというわけにもいかんようになる。お、うさぎっ子やないか、などと声が掛かる。

 そんでなあ寮のことやら立て看のことやらいろいろあるけど、あんた、かんじんの勉強のほうはあんじょうすすんでるの、と、おかあちゃんがちょこっとだけ親らしいことを口にする。ああ、勉強は、まあ、なんとかなるんと違いますやろか、と、ぼくはどこか他人ごとっぽくいらえする。それにしても、中学の、とくに3Bのクラスは楽しかったなあ。あっちこっちみんなで行って。もっとも、玻璃くん、きみ、どこの高校受けるん?と聞かれたときにはさすがに一瞬答えに窮したけど。夏休みのうちに高卒認定試験なんとかして、センター試験のあと大学に行くつもりなんやけどって答えたら、みんなええーっていうて、とくに田中と山田なんて、ぼくら玻璃くんと一緒に高校通うつもりやったのにそりゃ殺生やわ玻璃くんおらんで高校の勉強どうしたらええんやってまさかの大泣きや。あほ。そもそも高校の勉強をうさぎに頼るなちゅうねん。

 大学でも友だちがひとりもおらんわけでもないの。みんな親切。なかでも、吉田くんは、1限の授業があるときはぼくを迎えにきて、寝ぼけたままのぼくを背中のリュックに詰めて教室まで連れて行ってくれるほどの親切さや(ぼくは、このごろ、朝が弱いの。)。せやけど、給食のプリンの残ったの、本気で取り合ってた、中学のときのあんなタイプの楽しさは、正直いって大学にはないみたい。ぼくがこどもなんかな。ぼくは南半球生まれの春仔で、ちょうどこないだ5歳になったとこやけど、5歳というたら、うさぎの年でいうと十分大人の筈なんやけど、3年間も京都の中学生やってたせいか、成長がゆっくりになってしまったんやろか。

「あんた、給食のプリン、よう持って帰ってくれてたなあ。」

 子供用プレートに載った小さなプリンをみておかあちゃんがいう。あれ、おかあちゃん、いつのまに、ごはんとしじみ汁と、上ロースカツにぼくの分のヒレカツ、そして自分の分のキャベツをぺろっと食べてしまったんや。

 ぼくはうさぎやから、プリンの中に入ってる、卵、牛乳、砂糖、バニラビーンズもどき、ほんとうはどれもあまり食べられへん。せやから、あみだくじで勝ってしまって、給食で残ったプリンを手に入れたときは、なにやら罪悪感のようなものを覚えながら、それでも自分の分と合わせてふたつ、鞄にしまって家に持って帰ってたんや。それを冷蔵庫でまた冷やして、おとうちゃんとおかあちゃんに夕飯のあと食べさせてた。おとうちゃんは、ぼくの通ってた中学の校長先生やったから、ていうかいまもそうやけど、検食という名目で、11時半に早昼で給食を食べてて、同じ日にプリンもう食べてる筈なのに、2つめのプリンを何食わぬ顔して平らげてしまってた。おかあちゃんは、給食のプリン、おいしいおいしいって嬉しそうに食べてた。

「あんたはうさぎさんやけど、やりたいこと、なんでもできる範囲でやってええのよ。遠慮なんてせんと、ねえ。」

 そういいながら、おかあちゃんはほなこれもいただきます、と、ぼくのプレートのプリンを小さい匙ですいっと掬うて、鬼一口や。

「そやなあ。ぼく、時間があったら、またバーテンやりたいんやけど。」

「ええ、お店か。そやなあ、ただ、あんた、いまでも朝寝坊やのに、バーテンさんちゅうと、けっこう夜更かしなんやろ。」

「K大生で、うさぎで、バーテン、しかもええ男。完璧やろ。」

「しかもええ男って。まあ。」

 おかあちゃん、引き笑い。繊切りキャベツの山に顔を押し込むようにして、ぼくは、ぽろりと零れた涙を隠した。

 残りのプリン争奪戦。なんで、たった1年前のことがこんなに懐かしくてたまらんのやろ。

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