ぴょん記

はてなスターはじめました 2022/04/19

物憂いながらも箸が進むことといったら

 肩の筋肉の具合がおかしかったので、ここ2日ほどシャンプーの必要があったにもかかわらず、髪の毛を洗えずにいた。そのため、身ぎれいな人の闊歩する街の真ん中のホテルでの朝ごはんに出掛けるのを躊躇していたけれど、結局、肩の痛さに食慾が勝って、昨夜はいつもより念入りに髪と顔の手入れをした。それでも朝、起きたときは、普段の具合に輪を掛けて低調な気分で、半泣きになっていた。血圧はふつうなのだが、鬱気の増している時期には、特に早朝に強烈な滅入りが発生してたまらないのだ。そういう困ったボディを引きずるようにして電車に乗った。

 さて、今朝、寄ったホテルのレストランの朝のブッフェの特長は、ハムとチーズの量的な豊富さで、カマンベールのようなものとブリーのようなものを同時に二切れずつ食べたのは生まれて初めて。熟成の加減がほどほどだったのは、在庫を管理する人が相当な食いしん坊さんだからではないか。ペンネのグラタンもよかった。それから、なぜか唐辛子と豚肉のみが入っている塩焼きそばがあって、それもなかなかおいしかった。

 帰りにKITTEでご祝儀書留を出して、日本橋高島屋へ。しかし、この時点でまだ10時過ぎだったので髙島屋は開いておらず、向かいの丸善で小さい六法や、便箋にお祝いカードなどを選んで10時半の髙島屋開店までの時間を使った。不祝儀袋を予め用意するのを忌む風潮はあるけれど、祝儀袋やお祝いカードならば褪色しない範囲で揃えておいても差し支えないと思う。福は福を呼ぶともいうし。ことに、わたしは友人も少なく、子に恵まれた親戚も多くはないので、まもなく生まれる友人の子のためのお祝いカードを選ぶだけで、それに実際に使う日の幸せを思って嬉しくなる。わたしほどよこしまな人間でさえそうなのだから、真っ直ぐな善き人たちが、父母や祖父母になるときの幸福は目映いほどに感じる。

 だいたい16年前の春の宵、ツイッターではしばしば「ウサギ顔のきょうだい」と紹介するきょうだいが、遠く離れた病院の産室から「明日の早暁までには産むから。」と電話を掛けてきたことがある。期限を切って産むものでもなかろうとは思ったけれどもそこはゴール間近の産婦さんに逆らってもよいことはないので黙っていた。実際に生まれた時刻は忘れてしまったが、とにかくその分娩で生まれた息子が先日中学校を卒業したようだ。つまりは、ハハウサギもそれなりに、いやいや、そりゃあしゃかりきでがんばったということ。

 髙島屋さんでは、海苔巻きや贈答用のお茶、パンに漬物、佃煮を山ほど。

f:id:e_pyonpyon21:20190324082450j:plain

残しもお代わりもしないけど盛りが粗い