ぴょん記

食べる、遊ぶ、学ぶ。

1時間ごとに眼が覚める

 日曜は、不調。平安朝の貴人ならば、御気色悪して、といわれて、女房や側仕えから気遣われるのだろうが、わたしは21世紀それも令和の主婦なので、寝たり起きたりしながら、一通りの家事はこなした。ただ、中身はひどいもので、昼は素麺、夜はローストビーフタスマニアビーフのAugust 74はもともと素晴らしい肉だし、カットは夫がきれいに薄くしたから、グラム280円でもよい出来だった。洗濯や掃除、皿洗いなど、細々とした用事に尽きることはない。

 漱石の 『坊っちゃん』を読んだ。小学校何年だったか、近所の同級生が、わたしの誕生祝に児童向けにリライトされたこの本を包装してあげるけど、まだ自分が読み終わっていないので、渡すのはちょっと待ってといわれた。誕生祝でくれるのは、別に古本でも構わないけれど、いろいろ経緯のあった相手だったので、しょうじき、それは堪忍、という感じだった。この微妙なニュアンスについてはまた後日。大人になった今回は、青空文庫のをソラリで落として読んだ。やっぱり、例のプレゼントの本は、こどもながらに、いや、こどもだったからこそ、なにやら蟠りを覚えて、しっかり読んでいない感じである。漱石は、『行人』が好きだった。『坊っちゃん』の、物理学校(のちの東大理学部?)を出たばかりの23歳の青年が、陰険な中学校の教頭らに実力で意趣返しをしてさっさと東京に戻るという、痛快な物語は、あなたはそれでいいけれど、状況にはなんの変化もない、というかんじ。何しろ、わたしはもうおばあさんなのである。

 そのあと、『こころ』に突入した。五分の四ほど読んで、あいかわらず、体調は、すぐれない。1時間おきに目を覚ましては、トマトを半分に切って蔕をとり、粗塩を擦りつけて食べた。お陰で朝には、平熱に戻った。

 機中なので、きっと誤変換があるだろう*1

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*1:ほんとうに、たくさん誤変換をしていた。