ぴょん記

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『坊ちゃん』と道後温泉・松山

 有名な一六タルトを出しているお菓子屋さんが、「坊ちゃんとおかしな仲間たち」という詰め合わせを販売している。一六タルトをスライスしたのや、別のお菓子がいろいろ入っていて、大きさと値段も幾つかある。今回、松山市を訪れるにあたって、せめて「予習」として『坊ちゃん』を読んでいこうと思った。そうしたら、オーバーランをして、『こころ』まで手を出してしまったので、妙に厳粛な気持ちで四国に向かうことになった。

 ところで、『坊ちゃん』の主人公に「仲間たち」はいたのだろうか。主人公と同じく、教頭「赤シャツ」の偽善に怒りを覚え、鉄拳制裁を下してともに松山を去る「山嵐」こと堀田は、最後の謀議に一味したという意味で主人公の「仲間」ではある。しかし、あとは、どうなのだろう。松山城のロープウェーのお姉さんたちは矢絣に袴で「マドンナ」のような制服をお召しになっていたが、『坊ちゃん』の中で「マドンナ」は、「うらなり」くんを見限って「赤シャツ」に靡くお嬢さんとしてよいようには描かれていない。そもそも「坊ちゃん」自体が、中学校の同僚たちの態度に象徴される地方の弊風を厭うて、早々に松山を去るのだ。江戸者の「坊ちゃん」と会津出身の「山嵐」は、戊辰のいくさの折り、朝敵とされた側であり、それをいえば、松山藩の久松松平家譜代大名であるけれど。

 松山の市中から道後温泉はかなり近い。だから、『坊ちゃん』の最後のほうで、主人公と山嵐が赤シャツとのだいこを襲ったのは、道後公園のあたりなのだろうか。

 40円の中学教師の俸給(初任の辞令を受けた段階でそれだけもらえるのは、やはり坊ちゃんが新知識のエリートだから。)を断って25円の技手として暮らすほうを選んだ坊ちゃんは潔い。だけど、その坊ちゃんに振られた記憶を商業のたねにして、百年の後も観光に役立てている松山の人たちは、もっと偉い。だって、お城も温泉も、どこへも動かせないもの。

 

坊っちゃん (岩波文庫)

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