ぴょん記

上古文学、外国語、数学、調理、編みもの、縫いもの、競争法

語学を楽しむ意味

 わたしの語学は、いまやほぼ完全に趣味になっていて、それを楽しむことに特に意味を見出す必要があるのかも定かではない。英語に例をとれば、教室で学ぶ英語学ではなく、実践の、それもNYTの気になった記事がなんとなく斜め読みできると便利だなあというあたりがぼやっとした目標になっている。

 最後にTOEFL CBTを受けたのが2004年のことで、それから英語の検定試験をまったく受けていない。いま、受けるとしたら、TOEICか、英検なのだろうか。TOEICでは、ときどき990点満点という人がTwitterのTLに現れるけれども、わたしは、いったい何点ぐらいを目指せばいいのだろうか。

 TOEFL CBTは、1回当たりの受検料が16000円くらいするのが財布に痛かったけれど、受検時間も4時間弱かかって最後の作文の手前あたりでとても強い眠気を覚えた。TOEICは、それほど長くはないし、周囲に受験生がいるのでそれなりに緊張するだろうから、まさか途中で眠りはしないだろう。

 さて、そのテストで測られる語学力の伸張程度を、わたしが楽しめるかどうかが今後の課題というべきだろうか。

 

  TOEICの形式もずいぶん変わったことだろうなあ。