ぴょん記

食べる、遊ぶ、学ぶ。

籠を車中で紛失して

 ある婦人が、しばらくの間失踪してその後に亡くなったと知らされた夫と、死に至るまでの彼の彷徨の道のりをともにトレースするという内容の映画があった。その婦人は、彼が既にこの世の人ではないことも、自分と彼とのやり取りも現実ではないことさえ、うっすらと意識している。夫が、自分のもとを離れたことも物故したことも悲しいことは悲しい、しかし、げんに彼はここにいて自分と一緒に暢気にバスに揺られているのだから、どこか腑に落ちない感触が残るのだ。

 その日、わたしは電車に長いこと揺られて移動していた。荷物は普段より多かったように思う。身の回りの品や編みかけの毛糸などを入れた手提げに、スーパーマーケットの店内で借りるような籠と同じくらいの大きさの籠に辞書や着替えなどを詰め込んだものをもっていた。電車はほどほど混んでいて、車内には、奇妙な、美術館の展示室の真ん中にあるような、背もたれのない腰掛けが並んでいた。その腰掛けには人が端に腰を下ろしてそのまま上半身を倒せるだけの大きさがあった。たまに電車が停まる駅から乗り込んできた人は、皆が皆、その腰掛けを確保するや否やがばりと覆い被さってそれを独り占めした。腰掛けが一杯になってからは、駅から乗ってくる人は床にそのまま伏してしまっていた。ときどき、おい、詰めてくれ、もう乗れねえぞ、と威嚇するような哀願するような濁声が聞こえてくるけれども、わたしもわざわざ顔を上げて声の主を確かめたりしないのは、電車の揺れにあやされるようにして、かなりの深度の眠りに釣り込まれていっていたからに違いない。わたしは、その電車の始発駅から乗っていたので、入り口から遠い座席に横になっていて、手提げと籠は、わたしの座席と電車の壁との隙間に邪魔にならないように押し込んでいた。電車のなかは薄暗くて埃っぽく、何時間か前に口に放り込んだのど飴がまだ溶けきらずに糖分の浸透圧で舌の表面をふやかしていた。神戸に着いたのは夜中で、そこから山陽本線に乗り換えてさらに西に向かうつもりだった。大勢が起き上がってぞろぞろと電車を降りていったあとを、手提げをもってわたしもついていった。籠を忘れたと気が付いたのは、西明石を過ぎたころだったろうか。そんな夢をみた。

 

 朝食 パン、コーヒー

 昼食 キャベツとベーコンの炒飯、トマト

 夕食 パン、鮭のシチュー、茹で青菜、ミートスパゲティー

 

 あとで甘夏を1個まるごと食べた。

 

 

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鹿児島睦さんと信三郎帆布さんのコラボレーション